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No-Mark Stall *




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夢の子供。 | 2005年04月01日(金)
「エルナ、エルナ」
淡く光る幾つもの球体が、縦横無尽に森を駆け巡る。
その中のひとつが煽られた炎のように揺らめいて動きを止めた。
甘い桃色を纏うエルナは、声をかけられたことに戸惑いつつも辺りを見回して声の主を探した。
若葉色の光が、そんな彼女の周りをくるりと一周して滲むように収縮していく。後には背の翅(はね)を細かく震わせて、宙に静止している活発そうな眼の少女が残った。
「エルナ、今日こそ聞かせてね」
「何を? テア」
「決まってるじゃない。あなたの昔話よ」
森に棲む妖精たちは誰もが過去――その背に翅がまだ無かった頃の記憶を持っている。
そして、己が妖精となるに至った経緯を仲間たちに話して聞かせることが、この森の妖精たちの『仲間入り』を果たす条件となっている。
テアたち妖精の仲間となって間もないエルナは、まだその正式な儀式を済ませていない。
過去を語れと言われて、エルナは困ったように目を伏せた。
「……どうしても?」
「当たり前でしょう? 嫌なことがあって話したくないのは分かるけれど、いつまでもそのままじゃ、貴女はひとでも妖精でもないものになってしまう。そうなれば後は狩られて殺されるしかないのよ……」
言うテアの碧の瞳もどことなく翳っている。
妖精となったものの大半は、何かしらの痛みや哀しみを抱え込んで生きてきたものたちなのだ。
「ごめんなさい…テアも、同じだったのよね」
ひとの世界に居場所を見つけられなかったもの。苦しい現実から、夢に逃げ込んでそのまま囚われてしまったもの。ひとでないものに魅入られて、引きずり込まれてしまったもの。
……彼女は、そのどれだったのだろう。
「気にすることはないわ。どんなにつらいことでも、時間が経てば結局、慣れてしまうものよ」
テアはそう言って小さく笑った。その微笑が痛々しくて、エルナは上げかけた睫をまた伏せた。
妖精は、幻想や夢の産物だと何かの書物で読んだことがある。
けれどエルナはそうは思わない。
夢と呼ぶには彼女たちに残った傷はあまりに生々しい。
「さあ行きましょう。そろそろ皆が集まる頃だわ」
満月の夜には森中の妖精が一ヶ所に集う。
テアに促されて、エルナは力なく翅を動かした。

***

エルナは、妖精たちの森のすぐ近くで生まれ育った。
体の丈夫でない彼女が床で退屈しないように、エルナの祖母は毎日、色々なことを話して聞かせた。
祖母の初恋の話や苦労話、村に伝わるたくさんの伝承。
それらの物語がエルナを病弱な少女から、夢見がちな少女へと成長させていった。

(……教会で勉強を受け始める頃までにはもうおばあちゃんは死んでしまって、私も充分丈夫になった)

妖精に憧れている、という少々変わった点を除けば利発で愛らしい少女だったエルナは村の皆に好かれた。
そのまま、何事も無いかのように穏やかに日々は過ぎ去っていく者だと彼女は思い込んでいた。
日常は、揺らぐことのないものではなかったのに。

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記録を見たら2002年に途中まで書いた話でした。
正直この頃の作品は既に正視できません……なら何故屋台に載せるかって話ですがまァ発見したので何となく。
エルガーのおねえさんの話。
だったのですがどうも途中で行き詰って放り出したっぽいです。
長編だけでなく短編ですら放り投げたかあの頃の自分よ。

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ローカルで中編をごそごそ書いてるんですが行き詰っては消しの繰り返しで立ち往生中。とほり。
written by MitukiHome
since 2002.03.30