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夜道。 | 2005年09月11日(日) |
「かの君がいらっしゃるとは言え、夜道におひとりでは少々危のうございまするよ、御前」 鈴の鳴るような細く艶やかな声と共に、紅い鮮やかな着物の女がゆらめく陽炎のように月影の中に現れる。 あでやかな牡丹の描かれた袂の裾をついと口元に寄せ、ことんと首を傾げる。高く結った黒髪の、肩に垂らした幾筋かがさらりと零れた。 「……そう?」 彼女も同じように首を傾けると、くすくすと笑みが零れる。 「御前は本当に無邪気でいらっしゃること。かの君もこれでは心配でございましょうに、何処で油を売っていらっしゃるのやら。ようございましょ、不肖ではございますがわたくしめがお帰りのお供をいたしまする」 「ありがとう」 「何の。知っていて御前をおひとりで歩かせたとかの君に知られたら、わたくしお手打ちでございます」 「……でもあなた、本当はひとを惑わせるのが仕事よね?」 女はその言葉に笑みを深くする。 「ええ、ええ。夜道をひとり歩く男を呼び寄せてその生気を食らうが我が定め。ですけれども御前は女子でいらっしゃいます。それにかの君は我らを束ねるお方です。そのご寵愛深き御前に何かあればわたくしたちもただではすみませぬもの、このくらいお安い御用でございますよぅ」 匂い立つような女の、切れ長の目が優しく細められる。 彼女はそれに小さく笑いかけた。 「ごめんなさいね、面倒をかけて」 「あらどうしましょ。謝られてしまいましたわ。わたくしこれでも嬉しゅうございますのよ。御前のお供など願っても叶わない者が大勢おりますのに」 「……そうなの?」 そうでございますよ、と女は深く頷いた。 「御前のお傍は居心地がとてもようございまする。ひとを喰ろうなどせずともお傍に控えているだけで質の良い精気を十分なほど受けることができますもの」 ですからお供させて下さいませ。 夜道に立っては男を惑わせる色めいた視線を彼女に向けて、あやかしの女はしなだれかかるような仕草をした。 「男共の生気も不味くはありませんけれども、御前のお傍で得られるものとは比べようがございませんわ」 甘えるように見上げられて、彼女は僅かに苦笑した。 「じゃあお願いしますね」 ええ、と頷いて、彼女の二の腕ほどの背丈の女はひょいとその肩に飛び乗った。 ****** 変な喋り方って自分では絶対しないので結構書いてて楽しかったりします。 |