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追いかけっこの始まり。 | 2005年09月27日(火) |
その昏い目に惹かれた。 永遠を生きる夜の眷属よりもなお暗い激情と憎しみの込められたその蒼い目に。 「だから私はあなたを選んだのに」 呟く声は周囲の惨状を引き起こした張本人とは思えないほど静かだった。 呆然と立ち竦む彼の瞳をじっと見上げて、彼女は刹那、今にも泣き出しそうな表情を見せた。 けれどそれはすぐに鳴りを潜め、唇に浮かぶのは血に酔った者の艶めいた狂気。 「永遠が欲しいと言ったのはあなた。でもあなたは、それを与える代わりに私が求めたものを忘れてしまったのね」 残念だわ。 その一言に、男が眉をひそめた。 「何が言いたい? 俺の復讐は既に終わった」 「そして私を裏切るのね」 「俺はあんたを裏切った覚えはない」 「――嘘つき」 糾弾の声は震えていた。 「……吸血鬼、お前は何を俺に求めた」 「覚えていないの?」 永すぎる寿命と強靭な肉体を得た代わりに他者の血を吸って生きる娘は、不思議そうに首を傾げた。 血溜まりの中で血塗れで佇んでさえいなければ、誰もが見惚れたであろう可愛らしい仕草だった。 彼はそのずれに瞬間おぞましさを覚え、その場から一歩退いた。 「ねぇ、グラシス」 細い腕がすうと伸びて、彼の頬に触れた。 生温い血の温度に肌が粟立つ。 不意に彼女がくすくすと笑い声を零した。 「そう、その目。その目が欲しかったの、私」 何処までも追いかけてきて、と彼女は夢見るようにうっとりと紅い瞳を細めた。 「何処までも追いかけてきて。私を憎んで」 「……殺してやる」 彼の愛した女の血を全身に浴びて、彼女は満足げに微笑んだ。 「ええ、待っているわ」 腕を下ろして、彼女は「忘れないでね」と歌うように囁いた。 「あなたが私を追いかけるのをやめたら――安らぎや幸せを見つけたら、私がすぐに壊してあげる」 だから、壊されなくなかったら私を捕まえなさい。 「永遠に続く追いかけっこよ」 そうして彼女は彼の前から姿を消した。 造られたばかりの墓に花束を手向け、彼は空を見上げた。 門出にはふさわしい、不吉な風の吹く曇天。 「……あんたを絶対に殺してみせるよ、エメ」 何処かで何かが笑う気配がした。 ****** 昔書いた話のラストシーンリメイクもどき。 女の子の名前まで変わってます。 |