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最後の剣。 | 2005年10月10日(月) |
失われし双剣の片割れが発見された。 ――そういう噂が国を駆け巡ったのは、およそ一月半ほど前。 「……それで今、その剣の聖女にお会いするっていうんだから驚きですよね」 「そりゃ急いだんだもの、当たり前でしょ?」 確か普通の方法で向かえば二月はかかったであろう道程を強行突破して平然としている娘を化け物を見るような目つきでセスは見返した。 「というか、何で見つかったばかりの剣にもう聖女がついてるんですか?」 あんた何聞いてたの? と言いたげな胡乱な視線に、彼はうっと詰まりつつも返答を待った。 「急いでようが何だろうが、情報はちゃんと集めないといけないでしょ」 「いいから教えて下さいよ」 あの無茶な日程の何処に情報を収集する隙があったんだと感嘆――むしろ呆れている彼に、エナヴィアは淡々と応える。 「剣が見つかったのはいいんだけど、持ち運べるような状態じゃなかったのよ。それを見事に取り出した女の子がいて、そのまま聖女認定」 「……持ち運べるような状態じゃなかったって、どんな状況ですか」 「さァ?」 「そもそもその剣の真偽はどうなってるんです? 教皇は中央から動けないでしょうし、向こうに運ばれてるんじゃないですか?」 「運ばれてたらこんなとこ来ないわよ」 彼女は自信に満ちた傲慢な微笑みを浮かべる。 「……何を知ってるんです?」 ふふん、とエナヴィアは鼻を鳴らした。むっとするセスの鼻先に人差し指をぴっと掲げる。 「少しは考えてみなさいな。――聖女か剣が移動を拒否したに決まってるじゃない」 「?」 「あの業突く張りの因業爺どもが八方ふさがるような状況なんてそれくらいしかないじゃない。でもまぁ、信仰を盾に大量虐殺さえ企てるようなヤツらと渡り合えるなんてよっぽど強情で頭の良い子よね。ちょっと会うの楽しみ」 「……」 彼女は、わくわくといった調子で堪えきれない笑みを零した。 「今回の場合は一度中央に行かないとどうしようもないから、困りきった上層部は私たちに頼るでしょうね」 「……説得、ですか」 よく出来ました、とエナヴィアは彼の頭を叩くようにして撫でる。 「恩を売るには絶好の機会だと思わない?」 「……他の聖女に頼むという選択肢はどうなんです?」 あるわけない、と思いながらもセスはにやにやしている彼女に問い掛けた。 「あんたも知ってるようにそれは無理でしょ。動けるのは私だけだわ」 他の聖女たちは各々の信念、或いは守護する剣の事情などから土地を離れることはほぼない。 「ああ、楽しみ。喪われた剣の銘は何というのかしらね?」 不謹慎とも取れる言葉に軽く顔をしかめながら、セスは軽い足取りの彼女を重い歩調で追った。 * 「――あなたが、神剣の聖女さまですか?」 痩せた少女だった。 腰ほどまである髪を緩くみつあみにして背に流している以外は、取り立てて目立つところはなかった。着飾ればそれなりに見えるのだろうが、至って普通の、何処にでもいるような平凡な娘だ。 健康的なふくよかさと、ひとの目を惹きつける若い輝きを湛えるエナヴィアと並ぶと彼女は酷く華奢に見えた。 けれど、儚さはない。 それは、前を見据える強い光を湛えた目と、ぴしりと背筋を正されるような凛とした声のせいかもしれなかった。 エナヴィアはにこりと微笑む。 「そうよ」 彼女は己の細い指をぎゅっと握り締めた。 「お願いがあります」 「――あなたと一緒に中央に行けばいいのね?」 「えぇ」 硬い表情で頷いた娘を、エナヴィアはじっと見つめる。 「……何を、企んでいるの」 彼女は一瞬きょとんとして、それからにこりと笑った。 どうということはない、はにかむような微笑に、何故かセスは不気味なものを感じて肌を粟立てた。 彼女は何かが狂っている。 「……ひとり、殺したい男がいます」 愛しいものを見つめるように、彼女は手の中の剣に目を落とした。 聖女に似て刀身の細い、何処か色褪せた様子の金色の剣。 「それが私とこの剣の望みです」 ****** 愛憎。この剣の話だけは細かいところまで決まっています。 |