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No-Mark Stall *




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隔てられるふたりに7つのお題 / 2.募る想いにひそむ影 | 2006年05月12日(金)
ひたひたと。
音もなく忍び寄る。

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このところ、昔のことをよく思い出す。

暖炉の近くで縫いものをしていたときのことだったか。
「ねぇお義姉さま」
夫婦喧嘩の度にこちらに逃げてくる義理の妹が、不安げな顔で私の目を覗き込んできた。
「何?」
「愛されてるって、自信をもっていらっしゃる?」
市場で親とはぐれた子供のように、今にも泣き出しそうなその表情に苦笑をこぼしつつ、彼女を隣に座るように促した。
「自信がないの?」
「……迎えに来てくれなかったらどうしよう、っていつも思いますの。今度こそ愛想を尽かされてしまったんじゃないかしらって」
「私としてはあなたが彼を見捨てないのが不思議でしょうがないのだけど」
肩をすくめると、彼女はいつも、ちょっと怒ったように口を尖らせる。どちらかというと甘えているように見えるのは、多分義理の姉の欲目だろう。何せ彼女は他の男が放っておかないくらいの綺麗な容貌をしているし、よく気のつく子だ。
彼らの喧嘩は大抵夫の浮気が原因で勃発する。たまに彼女が口うるさく言い過ぎてもめるらしいが、それが理由のときはこちらにまで被害が及ぶことがないので、やっぱり今回も彼が何かやらかしたんだろう。何回目かは数えるのも面倒で既に忘れた。
「お義姉さま方は、わたしたちのところみたいに浮気や何かでもめたりはなさらないんでしょうね」
うらやましい、と溜息をつくような呟きだった。
その言葉に、正直私は苦笑するしかなかった。
「確かに浮気はしないだろうけど、ねえ。それと愛されてるっていうのはまた別だわ」
私の夫は確かに浮気をするような性分ではない。
でもそれは私に惚れ込んでいるからとかそういうのではなくて、単にそういうことにかまける暇が勿体ないからだというのが正しい。私との結婚だって、「手近にいて面倒がなさそうだった」というだけのことだし。ちなみにこれは推測ではない。プロポーズのときに面と向かって言われた彼の本音である。しかし、彼と私の間には身分差という面倒な壁もあったのだけれど、それは良かったのだろうかと今でも時折首を傾げる。
「そう、ですか?」
「好きだの大切だの愛してるだのといった言葉は少なくとも一度も聞いてないわね。結婚記念日なんかをお祝いしたこともないし」
それを聞いた途端、彼女は目を丸くした。信じられないといった様相である。
「わたしにはそんなの耐えられませんわ! お義姉さまは忍耐力がおありですのね」
単に諦念である。
そういった甘い言葉や贈りものの数々を彼に求めているわけではないので、私はそれで全く構わないのだが、女の子らしい女の子な義妹は、驚いた表情のまましきりに首を捻っている。
「今度お義兄さまに、もう少しお義姉さまを大切になさるよう進言致しますわね」

「要らん」

大真面目な顔の彼女の背後に、いつの間にやってきたのか、夫が苦虫を噛み潰したような表情で佇んでいた。
「迎えが来たようだが、どうする?」

「ええ、っと。でも」
「行くなら行け。この際一晩程度立たせておいた方が良かろう。頭も冷える」
「頭が冷えるどころか凍え死ぬわよこんな冬の真っ只中に」
「そんな。わたし、行ってきます」
常に淑女然としている彼女が取り乱して駆け足で部屋を出て行くのを見送り、私は夫を見上げた。
「わざわざ言いに来るなんて珍しい」
仕事中毒者である彼が、それを中断してまでこちらに来客を知らせにくることは滅多にない。
ふん、と彼は鼻を鳴らして不機嫌そうに顔を背けた。
「他に誰もおらんからな」
「ふふふ、何気に優しいお兄ちゃんをしていることを私は知ってますよ」
からかったら叩かれた。彼は何気に短気なのである。
「茶」
「……本題はそっちね」
お茶を入れに立ち上がると、彼がじっとこちらを見ていた。
「何?」
「いや。女性というのは皆花束を欲しがるものかと思ってな」
「別に無理しなくて良いよ。ていうか唐突にそんなことされたら申し訳ないけどキモチワルイ」
「……」
憮然とした顔をしているが、彼だって自分が甘ったるい言葉を私に聞かせるなんて想像をしたらやっぱり同じように思うに違いない。
「この話題は終わりだな。ともあれ、茶」
「ハイハイ」

愛してるとか言われたことはないけれど、ときどきとても優しい目をしてくれるのを知っている。私以外にお茶を要求することはないし、料理もちゃんと食べてくれるし、私の具合が悪いときは誰より早く気付いてくれる。
言葉が欲しいという義妹の言葉には深く頷くが、彼はそういうことを言葉にするのが殊更苦手だったし、そういう些細なことでも大切にしてくれているということは十分に伝わるものだ。


ぱちん、と薪の爆ぜる音で私の意識は唐突に現在に帰る。
うら寂しい、狭く小さな部屋。
昔のように、義妹がにこにこと笑ってのろけ話をすることもないし、仕事の休憩に夫が顔を出して皮肉のひとつも言うことも、もうない。
遠く手の届かないものになってしまった過去の光景は、老いて病んだこの身にはひどく甘くそしてつらい。

一人用の寝台に横たわっていた身体を、ゆっくりと起こす。


窓の外は雪。
彼の髪の色に良く似た、冷たくて優しい色をしている。


天の扉の向こう、彼の近くに召されることを今は静かに願っている。


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さっそく1日空いてます自分orz
ていうか何処が隔てられてるのさ、といった感じですがフィーリングでお願いします(ちょっと待て)。


隔てられるふたりに7つのお題 / 2.募る想いにひそむ影
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