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No-Mark Stall *




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隔てられるふたりに7つのお題 / 4.暁のわかれ | 2006年05月21日(日)
希望を持ち続けることも捨てることも、どちらも選べず。
終わる日をただ待ち続けている。

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昨夕からの大嵐が塵を全て持っていたのか、夜明け前のきんと冷えた空気はとても澄んでいる。
明ける直前が最も闇が深いとひとは言うけれど、その中彷徨う人間は一体どうやってそれを知るのだろう。
暗闇はただ深まるばかりで底が見えない。
ひゅ、と息を呑み込むような風の音が耳の近くを渦巻いている。
やがて東の地平から零れ始めた曙光が、鋭く目を射る。
眉をひそめてその様子を眺めながら、いつかのことを思い出す。

あの手を離したのも、夜明けの頃だった。


あらゆるものの輪郭がくっきりと見えるような、そんな綺麗な空気の中を竜に乗ったふたりは駆けていた。
剣にしたたる血と脂を一振りで払い落とした彼は、後ろをちらりと振り返って小さく舌打ちをした。
「お前、先に行け」
「は? 何言って――ちょっと待ちなさいよコラ」
手綱を離して飛び降りようとした彼の腕を咄嗟に掴み、首を捻って後ろに座っている男をにらみつけた。
明らかに機会を逸した彼は口の端を引きつらせた。振り払おうとするが、全力で走っている竜の上では無理をすると彼女が落ちかねず、どうも本気が出せないらしい。
「このアホ、離せ」
「いーやーでーすッ。いいこと、この子から飛び降りてひとりで追っ手倒そうなんて無茶したら私も飛び降りるわよ」
多分自由になる手があったら彼は頭を抱えていたことだろう。
「俺の行為を無にするような無茶はやめろと何度言えば分かる」
「この場合先に無茶しようとしたのはあなた。止めようとしたのは私。イイ?」
苛立ちを押し殺した仏頂面を見上げ、彼女もまなじりを吊り上げる。
「それがどんなに自殺行為か、言わなくても分かってるでしょうけど。そんなことされるくらいなら私が大人しく捕まるわよ」

追われているのは彼女なのだから、彼には――

「関係ない、とでも言うつもりか?」
幾段低くなった声には構わず、彼女は言い募る。
「あなたの仕事は私を守ることだけど、それはあなたが死なない範囲で、よ。死んでまで守ろうとかやめてちょうだい」
にらみ合うような見つめ合いが数秒続き、彼は降参とでも言うように肩を竦めた。
「……言いたいことは分かった。が、ひとつ間違ってるな」
「どこが」
地平から顔を覗かせた陽の光がその姿を照らし、純度の高い藍の瞳のその色を、見惚れるほどにはっきりと見せた。
「お前を守るのは仕事じゃなくて、生きる理由だ」

その意図に、彼女が気付いたときには既に遅かった。
既にその手から手綱は離され、体は宙を舞っていた。

「――待ちなさい!」

伸ばした手は僅かに彼に届かず、ひどい土煙のせいで彼が無事に着地できたのかどうかすら分からない。
反動で体勢を崩しかけた彼女は必死で手綱を掴み、舞い上がる土埃の向こうを透かすように一心に見つめる。
止まるように指示しても、主人の意向を尊重しているのだろう、竜は速度を緩めず彼から遠ざかる。

小さくなっていく影を、彼は目を細めて見つめていた。
これで多分、彼女は逃げ切れる。
「あとは俺がいかに生き延びるか、だな」
追っ手の影は近い。彼の剣はもともと竜に騎乗した状態で扱うことを考えられたもので、地上戦とは勝手がだいぶ違う。
「まあ、どうにかなるだろ」
彼女が死ぬなと望むなら、それを叶えるのが彼の仕事である。

別れはただ一時のもの。永久にするにはまだ早い。


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ちょっと詰まっているうちに存在のことすらすっかり忘れておりました。ひー。
文章に疾走感がないなぁと最近思います。多少辻褄が合わなくてもひとを呑めるくらいの勢いがほしいー。いや辻褄は合ってないと困りますが。
しかし今回ラブ分が常より微妙に高めな気がします。何だかむずむずする。


隔てられるふたりに7つのお題 / 4.暁のわかれ
[ 配布元 : TV ]
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