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No-Mark Stall *




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隔てられるふたりに7つのお題 / 6.断ち切る | 2006年05月26日(金)
私たちの邪魔をするものがいるのなら、容赦はしない。

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彼女の夫は辺境の領主である。
この広い大陸の隅にある、小さな小さな王国の、更に小さな、猫の額というにも余るような荘園を任されている男だった。
隣の大国は北の帝国との戦争に余念がなく、隣国の庇護を受けている彼女の国は度々戦力提供の要請を受けていた。勿論断ることなどできはしない。
彼女の父は前々回の大戦に出征し、そのまま戦死した。祖父も同じように戦場で命を落としたと聞いている。父の領土を継いだ兄はまだ元気だが、上の弟は先の争いで片足が不自由になってしまった。

彼女の国の騎士たちは皆、そんな風に大国同士の戦に巻き込まれて命を散らす。

そして今度は彼女の夫の番という、ただそれだけといえばそれだけの話だった。

「……また、戦なのね」
「すぐに終わるさ」
ふたりの間に言葉は少ない。
いつもは快活なその声も、このときばかりは多少の陰りを見せていた。
心配げにじっと彼を見上げる彼女の髪を安心させるように撫で、彼はそっとその頬に口付けを落とした。
「心配しなくても、すぐに戻ってくる」
「父も母にそう言って、二度と帰ってこなかったわ」
泣き暮れるわけではないが、ただ沈痛な面持ちでそんなことを呟く妻の様子に、彼は仕方ないと言いたげに肩を竦めた。
「あまり不吉なことを言うなよ」
「だって事実は事実だわ」
「ねえ、可愛いひと。俺の麗しき女神さま、君を守るために戦場に向かおうとする男に向かってその態度はちょっと酷くないかなぁ」
道化のようにおどける夫に、ようやく小さな笑みをこぼして、彼女は祝福のキスを彼の額に落とす。

死地に向かおうとしているはずの彼の腕は、ひどく優しい。
夫の考えていることなら何でも分かる、と自負している彼女でさえ、今の彼から不安や恐怖を感じ取るのは難しかった。
いつもより長く、名残惜しげに、彼女の髪をいじる姿に少しの違和感を覚えたくらいのものだ。
「ああ、君のつややかなこの髪をしばらく触れないなんて!」
「別に持っていってもいいわよ。短くても別に困らないし」
大げさに、けれどかなり本気で嘆いている夫は、がっくりと肩を落とした。
「……あのね君。君の髪だけ持ってってもしょうがないんだよ」
「女の髪なら多少の守りにはなるでしょう」
「……それって量と関係あるの?」
さあ、と首を傾げながらナイフを探す妻を押し留め、「それより他にすることがあるでしょう」と彼はその細腕を引き寄せる。


夜が明けなければいいのに、と思ったのは初めてのことだった。


翌朝、早くに発った彼を見送りながら、彼女は決めた。
死神は彼女の父と祖父、他にも大勢の優しい男たちの魂を刈っていった。
この上夫の命までも奪わせてたまるものか。

「……誰も、変えようとしないのなら、私が」

哀しい、この連鎖を断ってみせよう。

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史上初の女軍師、ドロレスが彗星のごとく現れ、世界を魅了したのはその年の夏のことだった。
最初、辺境の小隊をおとなったという彼女はその見事な手腕で某国の政治の中枢にまで入り込み、長年に渡る諍いをたった一年半で治めた。その間、幾つかの小競り合いが起こったが、命を落とした騎士はいなかったという。
政局も安定し戦も完全な終結を迎えたその数ヵ月後、突然彼女は用は済んだと言わんばかりにぷっつりと姿を消し、大掛かりな捜索も甲斐はなく、彼女が再び舞台に上ることはなかった。

ドロレスは常にフードを深く被り、その容姿を誰かの目の前にさらすことは一度もなかったと書物は伝える。その声音は低く落ち着いて、或いは少年のようだったという記述もあり、後年実は男だったのではないかとも噂され、今では性別はおろか、その存在さえ定かではないとある歴史書には記される。


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たまには読み切りゲストで。
ていうかどこらへん隔てられるのさ、とかどこらへん断ち切ってるのさ、とかたった一年半で片付くのかよ、とか色々突っ込みどころ多すぎますね。
最初は戦場に行く夫を泣く泣く見送る奥さんの話だったはずなのに一体どこで狂ったのやら。


隔てられるふたりに7つのお題 / 6.断ち切る
[ 配布元 : TV ]
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