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皮肉と嫌味が飛び交う閨。 | 2006年06月05日(月) |
どたどたともばたばたともつかぬ荒々しい足音に気付いた直後、耳が痛くなるほどの大きな音を立てて扉が開いた。 彼は動揺こそしなかったが、どこかうんざりした調子で肩を竦める。 「……レディ、仮にも私の奥方ならば、もう少し淑やかに歩いて歩いて頂けると助かるのですがね。男のような荒っぽい歩き方をされるようでは夜会にも連れて出歩けませんよ」 息を切らした彼女は、皮肉を言わずにはおれない夫を心底嫌そうに睨めつけた。 「あんたの対面なんか私が気にすると思う?」 「それは失礼。しかしそれではあなたの評判も落ちますよ」 「私が社交界の評判なんか気にすると思う?」 そういえばこの箱入りのお嬢さまはほんの一、二度しか表舞台に姿を見せず、その数回だけで煌びやかな世界を否定したことを思い出し、彼は深く頷いた。 「でしょうね。まったく困った奥方だ。それでご用件は? こちらとしても仕事が詰まっているので下らない用事に付き合わされるのはごめんなのですが」 「あなたにとっては仕事以外の用事は全部下らないことでしょうに」 「そこまで私を理解しているのなら、あまり手を煩わせないで頂きたい」 夫の冷たい笑顔に妻はひきつった微笑みで応え、自分の頬にそっと手をやって溜息をついた。 「あら、それはごめんなさいね。ほら私、あなたが言ったように困った妻なものだから、あなたに迷惑かけずに済ますことって出来ないの」 「そうですか。それでは迷惑な奥方、本題をどうぞ」 「帳簿がおかしいんだけど、どういうこと」 かざされた小さな冊子に、彼の目がすっと細められる。机に向かっていた体を捻って正面から彼女を見据えた。 「……意味を図りかねますね、具体的にどうぞ」 「ここ数年の収支が合わないわ。特に東の地区ね、実際の収穫量の割に納められてる金額が少ないわ。全体として目を通す分にはおかしい印象は受けないけど、詳細と照らし合わせてみたらもう三割ほど納められてないとおかしいことになってる。この屋敷の収支もずれているようだし、一体どういう教育しているの? それともあんたの差し金?」 「――私が、あなたに気付かれるような穴だらけのつまらないことをすると思いますか?」 その強烈な自負に呆れたように肩を竦め、彼女は帳簿を彼の方へ投げやった。 「じゃ、これはあんたの仕業じゃないのね。お心当たりは、旦那さま?」 おそろしいほど真剣な表情でそれに目を通していた彼が、ふと顔を上げて彼女を見た。 「今初めて、あなたを妻に迎えて良かったかもしれないと思いましたよ」 「うわぁ。かもしれない、ってあたりが何か嫌だわ。……それで、どうするおつもりですの?」 「あなたが来るまで帳簿は執事に預けていましたからね、まずはそのあたりから当たりましょう。あなたが気付いたことに彼が気付かないわけがないですし」 「……それを見過ごしてた旦那さまはどうなのよ」 けなすことを忘れない彼に、怒りというよりも呆れを覚え、それでも習慣と負けず嫌いの性格だけで彼女は嫌味を返す。 「私は彼の報告を受けて全体の収支にざっと目を通していたくらいですよ。陛下から直接受けている仕事の量が半端ないもので」 「だからと言って自分の領地のことをおそろかにしているようでは、国王陛下の右腕が聞いて呆れるわ」 「それについては返す言葉もありませんね。甘んじて受けましょう」 「……何かそう大人しくされると不気味だわ、それ」 後でとんでもないしっぺ返しを食らいそうな気がすると小さく呟き、彼女は夫の様子をじっと見つめた。 これを、どう処理するつもりなのか。 その手腕に非常に興味があったのだ。 ****** ファイル転送の合間にちょこちょこと。お題の前に書いたトンデモ夫婦の話とか妄想。閨と書いた割に寝室ではない。 FT世界だと一人称「私」な男ばかりになります。多分自分のツボなんだろうなぁと思いますが何でだ。 とある世界と欧米系の名前の響きがイマイチ合わない感じがして唸ってたんですが、たまたまカタカナに直されたヘブライ語系の単語を見てぴこーんと脳内で電球が点灯しました。よし、あとで何か借りてこよう。 |