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変態ストーカー#10 / 01 いつも覗き見ています | 2006年06月09日(金) |
雛菱ひなりの趣味は人間観察である。 電車の中では正面に座ったひとをそれとなくじいっと見つめ、授業中は教師の一挙手一投足、或いは目前で舟をこぐクラスメイトの後頭部に気がつくと目がいっている。 その中でもお気に入りの人物の後姿を見つけ、彼女はうきうきとする気持ちを止められなかった。 「うふ、うふ、うふふふふ、ふふ、うふ」 「ヒナ、ぶっちゃけその笑い方キモチワルイ」 忌避こそされていないが、何となく変人、という扱いを受けているひなりの数少ない友人であるヌイは、それとなく注意するが、観察モードに入った彼女は寛大な友の言葉なぞこれっぽちも聞いていない。 友人やめよっかな、ともう何度呟いた分からない愚痴をこぼし、彼女はひなりの頭を軽く叩いた。こうでもしないとトリップした彼女は戻ってこないのだ。 「へ、あ、ああごめん。どうも見てて楽しいひと見つけると夢中になっちゃって」 「そのうちアンタが不法侵入とか盗聴器仕掛けたりとか、警察のご厄介になるようなことをしないようをかなり本気で祈ってるわ」 「ヌイもひどいなぁ。わたしはそんなことしないって」 「どうだか」 肩を竦め、綺麗なレッドワインに染めた巻き髪に彼女は指を絡める。何かに呆れたときのヌイの癖だ。確かこれを指摘したのも目の前の友人である。 「それで、観察対象名無しの権兵衛氏の今日のご機嫌はいかが?」 「寝坊したね」 軽やかな笑いを浮かべてひなりは前方を見やる。 黒や茶色のつくしたちの中から頭ひとつ飛び出た金髪は、ひなりでなくとも目がゆくというものだ。後姿だけでも学ランが似合っていないのがよく分かる。 正面から見ても中々見応えのある容姿をしている彼は、ここ数週間、彼女が熱心に見つめている人物である。 ヌイも彼女にならってそれとなく観察してみたが、たまに見かける姿と何も変わっていないとしか思えない。 「どこをどう見りゃ寝坊してるとか判断できるわけ?」 「髪の毛がハネてる、のといつもより若干早足なところかなぁ。あといつもはこの時間ならもう少し先を歩いてるはず」 「一歩間違えれば、ていうかもう半分以上ストーカーよね」 行動パターンまで読んでいるとは思わなかったとヌイはぼやく。何か既に住所とかまで特定していそうな勢いだ。 「失礼ねぇ。わたしは別に彼に恋してるわけじゃないよ。それに見てるのはこうして偶然見つけたときだけだし」 一ヶ月前はバーコードが痛々しい、還暦近くの校長先生にひたすら視線を注いでいたひなりは、不服そうに口を尖らせる。 「そう? 名前とか調べてるんじゃないの?」 ヌイはにやにやと笑って彼女を肘で突ついた。長い前髪の奥でぱちぱちと目を瞬かせ、ひなりは緩くかぶりを振った。 「知らない」 「……。そういうことにはからきし興味がないのね、アンタ……」 「だってそういうの、必要?」 「そうね、要らないわね……」 あくまでひなりの目的は人間の動きを観察することらしい。 変な趣味ねえ、と言いかけて、ヌイはゆっくりと首を傾げた。 「アンタさ、どういう基準で今月のメイン観察対象とか決めてるわけ?」 「……何となく? この前の校長先生の場合は、風で元に戻っちゃう髪を一生懸命直してる姿が可愛いなあ、と思ったのが切欠だし、今のひとの場合は何だろ、何かこう、動きが魚っぽいんだよね。面白い」 思わず件の金髪を振り返る。 「さかな……?」 これといった違和感のある動きはしていない。普通に歩いているだけだ。 ヌイは悩ましげにこめかみに手を当てて首を振った。 「アンタの感性ってさっぱり理解できないわ」 「わたしはヌイのオトコの趣味の方が理解できないけどね」 「うるっさいわね、しょうがないじゃないあたしだってもう少し格好良い男と付き合いたいわよ! 何でいつも冴えない男とばっかり付き合ってるんだろうって自分でも思うわよ! ほっときなさい!」 綺麗に整えた髪を振り乱しながら彼女が叫ぶ。どうやら自分の恋人について相当鬱憤が溜まっているらしい。 「でも素材は良かったよね皆」 正面の長身に目をやったままひなりが付け足した。ヌイがむすっとした顔で黙り込む。 「……そうね。それであたしがいつも頑張って垢抜けた格好させたら新しい彼女が出来たとか言って離れていくんだわ。もしくはあたしの言うことなんかさっぱり聞かずによく分かんないオタク趣味に突っ走ってあたしより抱き枕を選ぶんだわ。神さま、もう少し普通の男をあたしに下さいていうか寄越せ!」 「ドンマイ。今度の彼氏はイイ感じ?」 「隠れオタクだった。ベッドの下にダースベーダーがいたわ。あれは普段は絶対枕元にいやがるわね。ついでにあの何だっけ、蛍光灯っぽい剣のおもちゃもあったわ。まぁましな方? ちゃんとあたしに構ってくれるし。そうよ、PCソフトの近くに美少女がどーんと表紙にいる何かソフトもあったけど無視しとくわ。たとえ背表紙にきらきらのシールが張ってあろうとあたしには関係ない!」 「蛍光灯……ってひどくない?」 「ツッコむところそこなの?」 激昂していたはずのヌイが、急にテンションが下がったような顔つきでひなりを見やる。 「どこにツッコんでほしかったの?」 「……。まあいいや。何か叫んだらすっきりした」 「それは何より。そろそろ学校にも着くよ」 彼女たちの通う高校は緩い丘の先にある。 駅からバスも出ているのだが、歩いてもせいぜい十数分という距離しかなく、「良いプロポーションは運動からよ!」というヌイの主張により彼女たちはいつも歩いて通っていた。他の生徒も大概似たようなものであり、バスが混むのは雨のときだけだった。 「そうよ、あたしの彼氏の話なんかどうでも良いのよ。ねえ、ヒナ、やっぱりあの彼のこと気にならないの?」 ひなりの性格を知らない人間からすれば、熱心にひとりの姿を追う彼女は恋する少女にしか見えない。 肩ほどまでの黒髪をゆらゆら揺らしながら、彼女はヌイの質問を吟味した。 「うーん、あんまり興味ないなぁやっぱり。学年が同じなのはさすがに知ってるけど、名前とか知ってどうなるものでもないでしょ?」 「つまんないわねえ。いつも見てるくせに」 機会を見てはそういう方向に話をむけたがるヌイに、ひなりは苦笑する。 「知り合いだったら逆に観察しにくいじゃない」 「ひなりに遠慮の精神があったことにびっくりだわ」 本気で驚いたように目を丸くする友人の脇腹を軽くつねり、澄ました顔で彼女はうそぶく。 「他人の嫌がることはしません。見ないで、って言われたらしないわ」 そんな言い合いをしている内にふたりは校門をくぐる。校舎に備え付けられた時計いわく、朝礼まで十数分を残すのみ。 電車のダイヤとの関係もあって、この時間帯が一番生徒が集まってくる。一気に増えだした人波に呑まれて、さすがに目立つ彼もどこかに紛れてしまったらしい。 「……見失っちゃった」 「人間観察者としては一生の不覚ねえ」 くすくす笑いながら、ヌイは下履きを履き替える。 ついでのろのろと自分の上履きを取り出すひなりは、はあと溜息をついた。 「まあいいや、また明日があるし」 「ホント、傍から見たらストーカーよねえ」 「そう見られるのは不本意だわ。別に彼だけ見てるわけじゃないし」 「じゃあ人間のストーカーってことにしといてあげる」 どこか艶めかしい微笑みを浮かべる彼女に、ひなりは抗議の意味も込めて、多少大げさに肩を落とした。 「そんなに友人をストーカーにしたいわけ、ヌイ」 廊下に出たひなりの視界の隅を、きらきら光る金色のものがすっと通っていった。 振り返ると、ひどく見慣れた後姿。 また明日、と口の中で呟いて彼女は階段を上っていった。 ****** なんとも微妙なお嬢さんですが。 お題を拝見していて思いついたので突発的に。上手く連作になるといいなぁ(不穏な台詞)。 女の子ふたりの会話は止まりません。危うくヌイが主役になるところでした。 変態ストーカー#10 / 01 いつも覗き見ています 配布元 : アンゼリカ |