ゼロの視点
DiaryINDEX|past|will
本日はわりと仕事がはかどった。というより、もうやるしかなくなっているから・・・、というのもあるのだが。
なぜなら、元日の夜は、寝ようと思ってベッドに入ったのはいいのだが、どうも極度の焦燥感に駆られて眠ることができなかった。こういうことは、私にとって、ものすごく珍しい。
どうしようもなくなって午前3時過ぎにPCの前に座って、資料整理などをしていた時に、ふと様々なことが鮮明に蘇ってきた。
思えば、大学受験の頃・・・・。1月に入っても真面目に勉強せず、友人を呼んで、当時流行っていた“グラグラ”ゲームというのに、何故か没頭していたな・・・、と。その姿を見ていて、哀れな我が母のアタマが不安でグラグラしていたそうだ。
そして、次は卒論。締め切りは1月10日だったが、1月1日になっても何も準備していなかった・・・。いちおうアタマの中だけには漠然とした構想はあったが、それを本当に期限内に書けるかどうか全く五里霧中のまま、元旦を迎え、くだらない正月番組を、やけに真剣に見ていた。
結局、原稿用紙50枚の卒論を、5日で書き上げた。一日10枚のペースで書いた。書き上げた直後、鏡を見るとやつれた自分がいたので、興味半分に体重計に乗ってみると、5�垳困辰討�た。一日あたり1kgづつ削ぎ落として書いていたようだ。
ある意味でのフラッシュバック体験しているときに、一通のメールが届いた。それは今は亡き父親の教え子からだった。父は某国立大学で物理を教えていたのだが、その時の第一期生だ。
昨年、とある縁で元父の教え子のT氏とたまにメールのやり取りをするようになった。そんな彼が、私の現状を知るか否かは別として、なんともタイムリーな内容のメールをよこしてきた。
彼も大学時代は、部活動や様々な学業以外のことに精を出し、卒論提出期限ギリギリまで、何も手を就けていなかったと言う内容だった。完全にパニックになり、どうにもまとめられなくなり、難解な物理の数式などを我が父が指導してくれて、なんとか論文になったのを、昨日のように覚えていると書いてあるではないかっ!!。
おまけに、今でも、ストレスや何かを感じると“卒論が期限に間に合わない夢”を見てうなされると告白。ビックリしたと同時に、非常な親近感が沸いてなんだか嬉しくなってしまった。
ちなみに、このT氏は私の母と同い年。国や言葉を変えても、本質は変化しないと前述したが、これに“年をとっても”というのを加えてもよさそうだ。
T氏は、その当時の思い出に、我が父が書いた年賀状を今でも大切に保管していて、今回このメールに、その年賀状をスキャンして送ってくれた。で、よくよく見てみると、年賀状を書いた日付が書いてある。
某年1月22日・・・・・・。
に、に、に、にじゅういちにちぃぃぃいッ?!?!?!。
フランスでは、年始の挨拶などの期限をあまり気にせず、カードなどを送ったりするものだが・・・・。
娘も娘なら、父もねえ・・・、ということを否応無しに感じた瞬間でもあった。
ところで、夜、切羽詰まって働いている私の横で、一人で黙ってテレビ見ているだけじゃ退屈になった様子の夫が、突然掃除を始めだした。これは物凄く珍しい現象だ。昨日から、どうしてしまったのだろう、我が夫・・・・。とうとう壊れたか?。
掃除機を使えばいいものを、なぜかホウキを使っている彼に、ふと“レレレのおじさん”の姿がダブった。
|