ゼロの視点
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2003年01月23日(木) 葬儀

 朝9時半にDenfert Rochereauに行き、手配されている指定のバスに乗り、パリ郊外で行われるPBの葬儀へ。小雨の降る、寒い郊外での葬儀だった。

 PBは先週の金曜日の晩に2年半にわたる闘病生活に終止符を打った。2年半前、肺癌で余命三ヶ月を宣告された彼だったが、その後尋常ではないほどの世に対する意欲を見せ、誰もが彼はもう回復したと思われるところまできていたところでのことだった。享年56歳。

 PBにはSという20歳年下の美しい妻(36歳)がいる。彼の病気が発見されたとき、彼らは同棲していたのだが、その後、彼の死の可能性も含めて、昨年入籍したばかりだった。

 PBは晩年、アジア、特に中国に強烈に惹かれだし一昨年前には、中国人♀Jと中国のモンゴルへ旅立ち、雑誌GEOの特集や、テレビドキュメンタリーを制作した。この中国人Jは、夫にとっては妹で、私の姉であり、同時に私の妹のような人物。彼女もPBもともに映像の分野で活躍しているのだが、GEOの中国特集でJの写真と一緒に、掲載されたPBの素晴らしい文章は、今でも忘れられない。

 そして、病気をおしての中国での取材旅行のあと、病床に就いたPBに中国語を教えていたのは私の夫だった。PBの病を吹き飛ばすほどの、中国語を学ぶ熱心な姿に、夫は感動していたほど。また、その直後にPBからSと入籍したという一枚の手紙が届いた。

 入籍の知らせを聞いたとき、妻Sの覚悟を私は考えないではいられなかった。誰もが羨むほどの深い絆で繋がっていた二人だったが、とうとうこの夫婦は死までの道のりを共に歩む決意をしたのだな・・・、と思った。

 葬儀は墓場で行われた。それぞれPBにゆかりのある人がその思い出を語り、詩を読み、その合間に、PBが病床で最後まで聞いていたお気に入りのオペラが墓場に響いた。その曲を目を閉じてじっと聞き入る妻S。PBの棺を前に、まだSは彼と会話しているように見えた。

 彼女は、葬儀の間一度も涙を見せなかった。毅然として集まってきた人に対応し、恐らく生前にPBが彼女に自分の葬儀はこうしてくれと言ったことを忠実に守りっているかのようだった。その姿は、悲しいほどまでに美しかった。

 12月13日の日記に、別の夫婦が死によって引き裂かれた話を書いたが、今回の葬儀はそれとは異なった印象をうけた。突然の死と、死まで覚悟を決めて歩んできた夫婦の違い、だ。前者の場合、あまりの突然のことに取り乱す妻がいて、今回は、すべてを達観したかのような妻がいた。

 夜は、Sの家でPBを偲ぶ会があったので、それに出席。家のところどころに飾ってある、この夫婦の写真が心にグッと何かを訴えてくる。元気なPBがたくさんいて、その隣で幸せそうなSの姿など・・・・。寝室が今回、招待客のコートなどを置く場所として利用されていたのだが、そこにふとあるPBの眼鏡などを見ると、いまにもPBが戻ってきて、眼鏡をかけて本を読み出しそうな気がして、彼の死というものが実感できない。

 たまたまピアノの先生をしている女性がいたので、リクエストに答えて、彼女と私がラベルを連弾しているうちに、会が盛り上がってきて、妻Sが10年ぶりに歌いだした。ブランクがあるとは思えないほど綺麗な声で、ラベルを歌いこなす。

 そのうち、音楽を聴きながら中国人Jが泣き出した。「PBにこの音楽を聞かせたかった・・・・」と。それにつられて、あちこちで目を赤くしている人が出現。私はまだグッとこなかったが、演奏を終えてふと目をやった本棚のところにあった、闘病中のPBの姿の写真を発見。それを見ているうちに、彼が本当に激しい闘病ののちに亡くなったことを実感してしまい、ホロホロと涙が出てきてしまった。

 この写真は、妻Sによるものだったが、彼女のPBへ向ける眼差しがそのまま表現されていて、ものすごく辛くなってしまったのだ。夫婦仲が悪く、互いに悪口をいいながら生活している人もいるのに、なぜこんなに仲のいい夫婦を死が引き裂いてしまうのか?!?!?!?!。あまりにも不公平だ。

 別れ際まで決して涙をみせなかった妻Sだが、私の夫がふと

「ボクはPBに何もできなかったけれど、SがPBにすべてを尽くしたことはよくわかっているよ、Sの存在に感謝しています」

と彼女に言った瞬間、Sは泣き崩れてしまった。長いことピンピンに張っていた彼女の糸が切れた瞬間だった・・・・・・。

 葬儀を終え、偲ぶ会も終え、皆が家路に戻った後・・・・、きっとこれからが一番孤独を感じる時間なのかもしれない。幸いなことに彼女の母が泊まりこんでいてくれているが、だ。

 私がもし彼女の立場になったら、彼女のように振舞えるのだろうか?、と自問自答しながら家路についた。


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