流れる水の中に...雨音

 

 

カバのぬいぐるみ - 2002年08月09日(金)




まだ 幼かったころ。
灰色の平べったいカバのぬいぐるみを いつも手放さなかった。
それはもともと平べったいのだけれども
眠るときには まるでそれを 枕のように
私の顔の下敷きになっていたものだから余計に
平べったいカバのぬいぐるみは 一層 平べったいものへと
なっていった。

いつも抱きしめていては汚れてしまうものだから
ときどき母は私から取り上げると
洗濯機の中に放り込む。
そうすると 乾いてしまうまで 私は
そのカバと一緒に過すことができないものだから
わんわんと我儘をいって泣きながら 夜も寝ようとしなかったらしい。

さすがに長い間抱きしめていたカバも 
あちらこちらが破れてしまって 中にある綿が出て来ても
手放そうとしなかったから 母は半強制的に
カバを私から取り上げると捨ててしまい そのかわりに今度は
真っ白くて長細いヤギのぬいぐるみを私にあてがった。

何故 母は学習しないのだろう。
私にぬいぐるみをあてがうと またきっと手放そうとせずに
真っ黒に汚れるだろうに よりにもよって真っ白いヤギのぬいぐるみとは。

案の定 その白いヤギは 1年もしないうちに
私の手垢で真っ黒になると 細長かったせいか
胴体の真ん中で 真っ二つにちぎれてしまった。
さすがの私もそれでは気色が悪かったのだろう。
今度はすんなりと ヤギを手放した。


私は小さなときから ひとり部屋を与えられてた。
まだ幼稚園にも上がってないころからだったと思う。
6畳ほどの洋室も 幼い私からすれば 
だだっぴろく 淋しい そして 孤独な空間だった。
ときどき 淋しさに泣きながら 両親の部屋に訪れてた。
するとその晩だけは 母のベッドの中で眠ることを許された。
そうすると不思議に どんなに不安な夜も どんなに恐い夢も
何事もなかったように 消滅してしまってた。

たったひとりきりの夜の部屋で
私が頼りに思うのは その平べったいカバであり
その手垢で汚れた長細いヤギのぬいぐるみだった。
まるでそれらが 私を守ってくれるのだとすら信じていられた。

幼い私には まだ
母と共に眠ることが必要だったのだとおもう。
夜は恐いものでないのだと
暗闇には何も存在しないのだと
そう理解することができるようになるまでは。

カバやヤギは 穏やかだった。
とてもやわらかな質感で とてもあったかかった。
私は母が補うべき その種の保護や穏やかさを
ぬいぐるみで代用していたのかもしれないなと
今になって思ったりもする。


今 この年齢になっても
ひとりきりでは灯を消して眠れないのは
そのときのトラウマかもしれない。






...




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