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薔薇屋敷 - 2002年08月15日(木) 子供の頃 私の住む家の向かいが薔薇屋敷だった。 それは その街にすむ人たちがそう呼んでいただけで 実際には ある商人の屋敷と庭園だったのだけれど 余りにも広い敷地と そして季節になると一斉に 咲き揃う薔薇の花の所為で そう呼ばれていた。 薔薇屋敷はその庭を 低い囲いで取り巻いていたけれど その囲いの周囲に何万株という薔薇の木が植えられていたため 誰もその 囲いの中に入ることはできなかった。 私の住む家は 三方角の家で 薔薇屋敷と向き合う2階の先端の部屋は 西に向かって一面の硝子張りであったため 陽の沈む時刻 その部屋で 咲き揃う薔薇の花が 西陽を受けて 美しく照らされるのを 眺めていたものだった。 時が経ち その薔薇屋敷は売却されることになった。 商売には浮き沈みがあるものだし そしてそこも 沈んだのだろう。 薔薇屋敷跡には 幾つもの棟で構成される巨大マンションが 建設されることとなった。 ある意味では 森のようであったその薔薇屋敷がマンションに 変わってしまうことに 街の人たちは皆 戸惑った。 そのいざこざは大人たちの間でのお話。 私は あの西陽に照らされる薔薇群が見れなくなることが とても残念でしかたがなかった。 薔薇屋敷の主人は 取り壊される少し前に 庭園を街の人たちに開放した。 どうせ 引き抜かれてしまう樹木たちに せめて 皆の家の庭で 花を咲かせてもらおうとでも 思ったのだろう。 そして私も まるで探検をするかのように その庭園に入り込んだ。 そこはとても生茂っていて まるで子供の目にはジャングルだった。 荒々しくたくましい薔薇の木に驚愕したり 整然と並んでいると思われた植物たちは 近くで見ると 伸び伸びとして そして枝は皆 自由なポーズで手を広げていた。 そこで働いていた庭師のおじさんは つばの広い麦わら帽子をかぶりながら 黙々と 大切そうに 根を掘り起こし 人たちに手渡してた。 余りにも沢山あったため 一株一株手塩にかけて育てたというわけでは ないだろうけれども 毎日気を配り 何年をも費やした庭の植物が 自分の手を離れて ばらばらに散ってゆくのは どういう気分だったのだろうかと 今になったら思ったりする。 とうとう屋敷は取り壊され 工事幕が張られて 数年間 なんとも奇妙な景色を経て 巨大なマンションへと変身した。 もう2階の部屋の硝子窓から 西陽は細長い影をみせるだけで マンションの裏に隠れてしまったけれど。 窓からみえるのは 何十世帯ものベランダと そこで暮らす人たちの日常の断片だけで。 あのとき 私が手渡された 深紅の花が咲く薔薇の株は しばらく私の家の庭で咲き続けていたけれど。 ...
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