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『日傘のお兄さん』 豊島ミホ (新潮社) - 2006年06月04日(日)


豊島 ミホ / 新潮社(2004/03/17)
Amazonランキング:93,098位
Amazonおすすめ度:
色白にめがねってずるい・・・
不思議感覚!
1982年生まれ


<豊島ミホの七変化を楽しめる作品集>

コミック本を読むような手軽い文章の中に潜む豊島ワールド。
本作は豊島さんの第2作目にあたる。
デビュー作『青空チェリー』は文庫化の際に大幅改稿されたが、本作はそのままの状態で文庫化して欲しいと言うのが私の切実な願いである。
4つの短編と表題作の中編1編との合計5編が収められているが、内容的にはバラエティに富んだ内容となっている。

根底に流れているのは“ピュア”な心。
強引に自分の中でのキーワードとして読んでみました。

本来の意味でのピュアとは冒頭の「バイバイラジオスター」にのみあてはまるのかもしれない。
これは胸に突き刺さる作品。離れ離れになったチセとノブオ。ラジオ好きのチセの影響を受けてノブオがDJの仕事に就いたことを知ったチセ。
別れてもこのような関係って理想ですよね。思わず読者にとってのチセやノブオにあたる大切だった人を思い起こさせる秀作に仕上がっている。

次の「すこやかなのぞみ」はなんともいじらしい作品。
小学校6年生からナツ(男性です)とつき合う私(涼子)であるが、ずっとプラトニックラブを通して来た。
私に魅力がないのかと悩んだ挙句、二十歳の誕生日に自分から誘ってみようとする。

3編目の「あわになる」は死んで幽霊となった主人公(みずえ)がかつて好きだったタマオちゃん(実は新婚でした)の側に出没すると言う話。
とタマオちゃんが眩しかった過去(15歳の頃)と新婚の現在を巧く織り交ぜながら女性特有のいじらしさを描写している。
タマオちゃんの嫁の玲奈さんの提案がとっても素敵です。

どちらかと言えば、3編目までは恋愛中心で叶わぬことや過去の想い出に浸る女性主人公がとってもキュート。
しかし全体を通して考えればウォーミングアップ的作品ともとれる。
なぜなら後半の2編に作家としての豊島さんの真価が発揮されていると強く感じるからである。
同じピュアでもこれからは人とのつながりというものに重点が置かれている。  
私だけでなく大いなるギャップに驚かされた読者も多いことであろう。

表題作。これは評価が分かれそうだが、作者の強い意志が主人公の夏美に乗り移っているような気がする秀作である。
タイトルともなっている「日傘のお兄さん」。お兄さんとは夏美が以前幼稚園まで島根県に住んでいた頃に一緒に遊んでもらっていた。
その後、親の離婚で母親と東京に住み移っていたのであるが、ある日8年半ぶりにお兄さんが日傘をささずに夏美の前に現れる。
ロリコン変態者としてネットで知られ、追われる身のお兄さんと一緒に電車逃亡をするのがスリルもあって読ませてくれる。
取りようによっては非難があっても可笑しくない危険な設定なのであるが、逆にとっても豊島さんらしく、彼女の当時の才能が凝縮されていると思うのである。

最後の「猫のように」はなんと40男が主人公。
『檸檬のころ』に登場する男性の描写に舌を巻いた読者も多いはずであるが、その片鱗をこの作品で窺うことが出来る。
作中で亡くなった父親と同じように“淋しい”と感じる重ちゃん。物悲しい作品であるがとっても印象的であるのは私が男性読者であるからだろうか。
猫みたいにのらりくらり生きてもいい。しかし、亡き父親が果たせなかった何かを達成して欲しいなと主人公に対して強く応援している自分。
現実は厳しいけど・・・

私的には本編のテーマとして前半の3編では淡き恋心、後半2編では尊大な愛だと思っている。
いずれも人間が生きていく上で必要不可欠な大切なものである。

さまざまなピュアな心の持ち主が登場する本作品集、全体を流れる物悲しさが心地よい。
ちょっと淋しいときに読めばあなたの心を癒してくれると確信しています。

評価8点



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