みちる草紙

2001年12月31日(月) 「花のいのちはみじかくて」 林 芙美子 生誕98年

  ああ二十五の女心の痛みかな
  遠く海の色透きて見ゆる
  黍畑に立ちたり二十五の女は

  玉蜀黍よ、玉蜀黍
  かくばかり胸の痛むかな
  二十五の女は海を眺めて只呆然となり果てぬ。

  一ツニツ三ツ四ツ
  玉蜀黍の粒々は、二十五の女の侘しくも物ほしげなる片言なり
  蒼い海風も
  黄いろなる黍畑の風も
  黒い土の吐息も
  二十五の女心を濡らすかな。

  海ぞいの黍畑に立ちて
  何の願いぞも
  固き葉の颯々と吹き荒れるを見て
  二十五の女は
  真実命を切りたき思いなり
  真実死にたき思いなり

  伸びあがり伸びあがりたる
  玉蜀黍は儚なや実が一ツ
  真実男はいらぬもの
  そは悲しくむずかしき玩具ゆえ

  真実世帯に疲れるとき
  生きようか、死のうか
  さても侘しきあきらめかや
  真実友はなつかしけれど一人一人の心故……

  黍の葉の気ぜわしいやけなそぶりよ
  二十五の女心は
  一切を捨て走りたき思いなり
  片眼をつむり片眼をひらき
  ああ術もなし男も欲しや旅もなつかし
  ああもしようと思い
  こうもしようと思う……
  おだまきの糸つれづれに
  二十五の呆然と生き果てし女は
  黍畑の畝に寝ころび
  いっそ深々と眠りたき思いなり

  ああかくばかりせんもなき
  二十五の女心の迷いかな。      ≪ 放浪記 ≫ より抜粋


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