零時を回ろうとする頃、携帯�笋�鳴る。ん?この着信音は。 こっちが一人暮らしだと思って、またしてもこんな時間に…(-_-;)
Oさんは以前、アタシが真心こめて描いてやった似顔絵が気に食わなかったと見え しばらく連絡が途絶えていた。アゴがしゃくれているので、見たままを表現した つもりだったのに、アゴイサムそっくりだと難癖をつけてきたのである。 自尊心のやたら強い人間の顔など、うかつに似せて描くものではない。
『新しい職場どお?また上司と喧嘩したりしてない?』 ちっとも面白くない。全然つまんない(ー_ー#) 『当たり前じゃん、仕事するとこなんだから』(同じことを誰かに言われたなぁ) それよりお嬢さんもう入学でしょう。どうだった、お受験のアンバイは。 『うちの娘ドクターになるって言ってるんだけどさ、医者にするまでの教育費 人に聞いたら5千万くらいかかるんだってね!?』 頭が良かったら、公立から現役で医学部にパスするかも知れないわよ? 『頭が俺に似たら、先ず無理だろうなぁ(笑)』(これも同じこと言った人間がいた)
はあ、同年代の人間は皆もう親になって、子供の将来をあれこれ案じているのだ。 それどころか老後の設計まで、かなり具体的なプランを立てている者もある。 アタシと年が幾つも離れていない別の友人も、我が子の受験や急病のことなど 親としての悩みをたまに明かすこともあるが、そんな時アタシは、一般的な 気休め位しか言えず、また自分がそのような形で社会と関りを持たずにいるという 事実を再認識するのである。どこか途方に暮れたような気分を味わいながら。
今日、父がアタシのちょうど倍の年になった。 今のアタシと同じ年齢で父は初めて親となり、母は妹を産んでいた。 これまでの人生は瞬く間だったような気がするが、両親は既に老人である。 何ごともなければ、親たちの今の年齢に追いつくのもすぐであろう。 その昔、女は子供を産まなければ何の値打ちもないとされた時代もあった。
普段はなるべく考えまいとするのだが、人は死ぬ時に、必ず屍を遺して逝く。 自分の死に水を取ってくれるのは、遺体の最後の処置をしてくれるのは 一体誰なのだろうか。最近、ともすればそんなことばかり思うようになった。 けれど侘しい胸の内を語っても、返ってくる言葉は皆、判で押したように同じである。 『心配しなくてもメイ子さんは100まで生きるよ(爆)』
じゃかーしぃ!(-_-;)
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