ベッドで芥川龍之介の『地獄変』を読みながら、ページを開いたまま眠り込む。 そして、絵師良秀の描く地獄さながらの、恐ろしい夢を見てしまった。とんだ午睡だ。
窓から外を見ると、すぐ眼下にターバンを巻いた賊が、通行人の髪の毛を鷲掴みに 頭に銃口をあて、次々にぶっ放している。脳漿がとび散り、辺りは一面血の海である。 ここは中東なのか?それとも血の粛清が、遂に平和な日本にも及んだのか! 仰天し、恐怖のあまり全身が震え、心臓は早鐘のようにガンガンと鳴り出す。 隠れ場所を探すと、アタシの部屋の筈なのに、そこは見慣れぬ倉庫のような造りになっており 業務用冷蔵庫みたいな巨大なロッカーや物入れが、視界を占領して一杯に並んでいる。 そのうちの一つの扉を開け、中に潜り込むが、すぐに見つかりそうな気がして再び這い出す。 こうしている間にも、見つかって引きずり出され、殺されるかも知れない。 恐怖はひととおりでなく、夢の中でさえ、激しく打つ心臓が焼け石を抱いたように胸元で 熱く燃えさかるのが分かった。途轍もなく怖い。でも、こんなところで死んでたまるか。 外に出れば狙撃される恐れがあるが、建物の中にいては爆弾をしかけられたら一巻の終り。 一か八かの脱出を図って、無謀にも車に乗り込み、エンジンをかける…。
隣人のバイクの空ぶかし音で、はっと目が覚めた。 歯を食いしばり、全身がこわ張り、じっとりと汗ばんでいる。 もしかしたら、また舌が咽頭に落ち込み息苦しかったせいで、あんな夢を見たのかも。 ああ恐ろしや。醒めてみれば支離滅裂だが、とにかく良かった、夢で…。 起き上がっても暫くは、強烈な夢見のショックで、続きを見ているように呆然としていた。
何の因果か、こういう暗示的な悪夢を見るのは、初めてではないのである。 これが夢でなく、実際に常に死と隣り合わせの日常であったなら、アタシなど 例え銃弾を免れても、重度のストレスで長生きしそうにないと思うのだが…。
『地獄変』は高校生の頃から、何度となく読み返した有名な短編であるが これが今回に限って、殊更生々しく情景が脳裏に映じたものなのだろうか。分からない。
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