紋次郎の異変に気付いたのは、床に就こうとしていた午前3時頃だったろうか。 前肢を何度も何度も床にスイスイ滑らせ、うまく立ち上がれないのである。 その上妙におとなしい。新しい干草を入れてやってもおやつを見せても、無視を決め込む。 いやしん坊で暴れん坊のもんがひっそりしていると、何だか気持ちが悪い。 ?おかしいぞ? 大体この時間帯、こいつのエンジンは全開バリバリの筈だがな。 抱き上げても普段のようにむずからず、なすがまま。こんな奴じゃないのに、益々へんだ!
一体どしたの?もん。
開けても出てこようとしないし。
いつものように走らないし。 そんな顔して寝そべってばかり。
それから朝まで一睡もせず、もんをはらはらと見守り続けた。 胸に抱いてこたつで温めたり、ベッドに寝かせてみたり、頭を撫でてやったり。 もんは、目を細めて鼬のように身体を伸ばし、鼻を小刻みに震わせ続けていた。 さっきまであんなに元気にしていたのに、急に一体どうしたのよ。 うさぎは、具合が悪くてもギリギリまで仕草に表さず、そのため手遅れになることが多い。 “もんが死んだ” そんな報告を知人に送ることをふと想像した瞬間、鳩尾に錘を落としたような寒い痛み。
見るからにしんどそう…。
だめだ、病院に行こう。
いやだ!あと3日で、うちにやって来て1周年じゃないか。絶対に死なせはしないぞ! 朝になるのを待ちかねて、国内に1軒しかないという、うさぎ専門病院に電話をする。 『特に予約制ではないので、診療時間内に連れて来て下さい』 ああ良かった!もん、田端に着くまで持ちこたえるのよ! 空が鉛色に曇って外は寒い。もんをネル布でくるみ、キャリーバッグに入れる。 会社を休んでいる今で良かった。どのみち、欠勤してでも連れて行くだろうけど。
バス、西武池袋線、山手線と乗り継いで、1時間ほどして田端駅に到着した。 橋にかかる長い階段をゼイゼイ息切らせて上り、メモした道順に沿って歩いて行くと 前方左手に目当てのラビットクリニックが見える。 中に入ると、待合室にはうさぎの小物や置物が、そこかしこふんだんに並べられ 壁のボードにも、病気を治してもらったらしいうさぎの写真が、隙間なく貼られている。 時間が早かったせいか順番待ちの患者はおらず、幸いすぐに診察室にとおされた。
『どうされましたか?』 診察にあたったのは、優しげな若い女医さんであった。 「急にグッタリへたり込んでしまって、餌を食べようとしないんです…」 アタシが症状を説明する間、医師はもんを膝にのせ、腹を手でそっとさぐった。 『触ってみたら胃の辺りがとても張っているんですよ。今、毛が随分抜けてますよね。 多分これを沢山飲み込んでいるせいで、苦しかったんでしょうね』
高繊維質の牧草やパパイヤを意識して与えていても、毛球症は避けられなかったか…。
「一日に何度もブラシをかけているんですが、とても追いつかなくて。 あの、摘出手術になりますでしょうか?最近、下痢もよくするんです」 『硬い大きなしこりには触れませんから手術の必要はないでしょう。 紋次郎ちゃんは甘いもの好きですか?』 「は?はい、好きですけど…」 『じゃあ、甘いシロップのおくすりを出しておきます。餌を食べないようなら 強制給餌も必要です』
『蠕動促進』と『食欲増進』の薬。
以前別の病院でもらった薬を、注射器で飲ませようとして失敗した話をすると 医師はスポイトに薬を吸い取り、飲ませ方を実際にやって見せてくれた。 具合が悪いせいもあるが、もんはここでも従順にされるがまま。 そして首筋の皮をつままれ、皮下注射をブスッ!目をいっぱいに見開くもんΣ(@o@; そのあと爪も切ってもらった。素早くパチンパチンと鮮やかな手つき。ほう、プロは違う…。
待合室に戻ると、いつの間にかうさぎを連れた飼主が大勢来ており、ソファがうまっている。 看護婦さんがアタシに椅子をすすめ、強制給餌のやり方をビデオで見せてくれた。 アタシだけでなく、他の飼主さんたちも皆、首をよじって画面に注視する。 『じゃあ星野さん、紋次郎ちゃんに薬を飲ませる練習をしてみましょう』
…えっ?今ここで?σ(^^;
こうして衆人環視の中、『紋次郎ちゃん』を膝にのせて実演を披露する羽目になる。 みんながじっと見ているのでやや緊張。しかし、うさぎ飼いとしては有益な経験であった。 もんがこれまでかかったのは犬猫病院ばかり。異端の患畜の飼主にここまでの指導は 望むべくもなく、やっぱり餅は餅屋、うさぎにはうさぎ病院だ。ありがたやありがたや。
レシート。もんは保険証ないから実費だもんな・・。
5〜6,000円はかかるだろうとふんでいたが、初診料を含め、何と8,000円を超えた。 まあ丁寧に診てくれたし、もんが助かるなら安いもの…。とは言え予想外の金額だなぁ。 (因みに、もん自身はペットショップで3,980円で売られていた。ばっ、倍じゃん☆)
家に着き、キャリーの扉を開けると、もんは意外とすんなり這い出してきた。 そしてピョンピョンまっすぐケージに跳び込み、やおら牧草をモリモリと食み出すではないか。 ひえっ!もう薬が効いたのか?早いな(-_-;) お前は誰に似たのか知らないが、まったく効き目の分かりやすい奴だね。 ともあれ、ラビットクリニックの先生に大感謝なのである。
遠出して腹減ったんか?
もんの食欲は盛大に回復し、ビデオ学習も空しく、強制給餌の必要はなさそうだ。 お前さては仮病だったんだろう。そう思いたくなるほど、奴は何もなかったように跳ね回る。 こたつの中で、足に冷たいものがコロコロ触れた。やったな…黙ってりゃ21粒も。
えへ。イッパイうんこしちゃった♪ 寝ずの看病明けなのですぐに寝てしまいたいが“白い影”(再放送)と“弟”を見なければ。 そんなこんなで、元気になったもんと遊んでいたら、また深夜になってしまった。
↓全快バリバリでけろりとしてます。さんざん心配かけて…(^_^メ)
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