1999年2月、スペインにて雑記 ��
「プライオシン海岸」
ある著名な建築家をめぐって―――
空腹な肉食獣のような眼をした人が、路地の暗がりから表通りに目を走らせている。
少し離れた太陽があかるい場所で、西の人と東の人が一緒くたになって まっしろな石と石膏と、色ガラスの埃のなかで笑いながら働いている。
そうして、200年後のこの場所を、その中の誰も見ることはない。
18日,thu
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空を飛んで、イギリスの空港でくまのパディントンに出会って すぐにサヨナラを言った。 連れて行きたかったけど、あたしはこれから知らない場所に行くから。 行くからこそ連れて行きたいんだけど。
「人生最初の相棒は、ぬいぐるみなんだよ」 あたしがそう言うと 誰もがわからない顔をします。
空手で降り立った真夜中のバルセロナ。 誘導されるままに辿りついたホテル。 一時間ごとに眼がさめるのは たぶんあなたがいるところが今はひるまだからでしょう。
数時間だけくるまったベッドはやけに大きかった。 メモを取るために座った椅子も、 歯を磨こうとしたときの洗面台も、 ぶかぶかな世界。
時差ぼけで眠たさがわからなくなった体で 何種類ものチーズと黒パンとくだものを齧って おそろしくおいしい絞りたてのオレンジのジュースをがぶがぶ飲んで あたしたちはホテルを出て行きました。
黄色いバス。 サグラダ・ファミリアという場所で、そのバスを降りました。 ガウディ。 聖家族教会。
そこは、予想していたよりもずっと あたらしく 精緻で 完璧なかたちをしていて そうしてなにもかもが中途半端な「もの」でした。
未完成ということ。 裏側に回ればまったく知らない荒削りの聖者があたしを見下ろしていた。 真っ白な面でできあがったガウディの知らない新しい「ガウディ」。 ガイドの人にうながされるまま内部に足を踏み入れれば そこはただの建築現場であって、黄色いハシゴがかかりクレーンが伸びていた。
ただ、誰も彼も、 髪の黒い人も黄色い人も肌の白い人も 寄り集まって石膏を削り石を削りまるく色とりどりのガラスの球を重ね 未完成のその建築物を、ひとつの教会にしようとしていました。 色とりどりの葡萄みたいなオブジェ。 造っている人は、そのまるいかたちを撫でながら、 新しい尖塔の上の飾りにするのだと言いました。
いつできあがるのかもわからない尖塔。 いつ見られるのかもわからない教会。
「完成は早くて100年後」 あっさりそう言って、みんなけらけらと笑った。
外に出て少し歩けばそこはただの下町で 散歩がてらのぶらぶら歩きの最中迷い込んだ路地のなか あたしはときどき、ひどく恐ろしい感じを背中におぼえて ぐるぐると周りをみわたしました。 そこには獲物を見るけものの目がありました。 獲物はあたし。 あたしは獲物。
にほんじんの、おんなのこ。
男の人から、女の人から、少年から、 あたしは何度も何度もふりかえり自分に向けられる暗い目を見、 小動物みたいに逃げ出しては明るい場所に戻っていった。
バルセロナ。
白い尖塔と 灰色の路地 つくりかけの教会 物乞いをするひと 奪うもの 奪われるもの
もしかしたらこの国についてあたしはなにも 予想なんてしていなかったのかも知れないけれど。
ただ、あの藍色の青ガラスのはめこまれた窓を それを見上げていた、世界中から寄り集まった人たちの目を そうして生まれてはじめて感じた、あたしを獲物と捉える目を あたしはまだ、忘れることができません。
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「ねえ、人って、ひとをころせる眼を、することができるんだね」
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message :
読んでいただいてありがとうございました。 もし、なにか心にひかっけてもらうことがあったなら 投票ぼたんの数字をひとつ、あたしにください。
その向こう側の言葉は、なんだろう。
もしそれが、誰かの酸素になったらいいのにね。
いつのまにやらカウンタの数字が1000をこえていました。 読んでくれたひとへ、通りがかってくれたひとへ、 ことばをくれたひとへ、 どうもありがとうございました。 たかが数字。でもそういういろんなものに後押しされるみたいに、でも、 明日を、ぽつぽつと続けていけたらいいと思っています。
さいごに注釈をひとつだけ。
プライオシン海岸というのは 宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」に出てくる「銀河の岸辺」です。 古代の、古い古いものが流れ着いて埋まっている場所? そこで果てしなく古代の発掘を続けているひとに僕は会いました。 骨のような、石のような、大気になりそこねた胡桃のような。
あの人は今ごろどうしているのかな。
どうぞお元気で、
お大事に。
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