ジョージ北峰の日記
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2003年03月02日(日) |
雪女 ”クローンA”の愛と哀しみーつづき |
フィールド・ワークの発表も成功裏に終り翌朝帰る予定だったが、昨日の予期しない出来事で私の心は少なからず動揺していた。大学を卒業して10年経過していたが、その間女性のことは全く考えない事にしていた。何よりも田舎での仕事であり、どちらかと言えば泥臭い、見栄えのしない仕事である為、都会の女性には全く関心の持てない対象外の医師だったからだ。 心の底では、この仕事の重要性はいずれ理解される日が来るだろうと私自身は闘志を失ってはいなかった。が、若く将来に夢の多い女性にとって、日本で田舎医者を目指そうとする私はどう見ても勇気の無い、夢の無い、むしろだらしが無い医師と映るようであった。私は1度恋愛らしいことも経験したが、私の夢を語ると、彼女はその考えにはついていけないと別れていった。それ以来女性のことは考えない事にしていた。いや、諦めていたと言った方が正しかったかもしれない。 ところが今回、学会発表も終り会場の休憩所で一息ついていた時だった。若く目鼻立ちの整った美しい女性が元気よく”先生”と近づいてくると、私のことを憶えていますか?と唐突に話しかけてきた。金髪に色白の顔、昔映画で見た女優K.M.と似ているなと思ったが誰だかさっぱり想いだせない。すると彼女は、昔田舎で雪の日に助けていただいたA子です、といたずらっぽく笑った。あの時の娘が、こんなに変わってしまったら分かる訳がないだろうーー A子が語るには先生は昔と少しも変わっていない、今日の話にはとても感銘した、私は昔先生に約束したと通り、先生のお仕事のお手伝いをしたい、少しでも早く先生の仕事を助けたいと思い田舎の学校を出るとすぐ都会の病院に就職、働きながら看護婦の資格をとった、と言う。 私は、躊躇い(ためらい)なくもう少し都会で勉強した方が良い、田舎の生活は自分の青春を台無しにするぞ!青春は二度と帰らない、君は美しく魅力的だ、もっと自分を大事にしなさい、と懸命に説得した。しかし彼女は頑として納得しなかった。 何を隠そう、私は未だ独身、決して女性に興味がない訳ではなかった。彼女は私を理解して助けてくれると言う、心底は嬉しかった。しかし私も古いタイプの人間だったのか、出てくる台詞は自分の心とは反対の言葉ばかりだった。頭を冷やしてきなさい、明日もう一度会って話しましょう、と別れたのだった。 寝苦しい夜がやっと過ぎ、はっと目を覚ました時は未だ薄暗く、街にはまだ灯りが残る朝だった。昨日とは打って変わって小雨が降っていた。屹立(きつりつ)するビル、時折通り過ぎる車、朝の街は今にも発射されようとするロケットの発射台に似て無気味な音をたてていた。 私は、若い頃デパートの屋上から小雨の降る街を見るのがとても好きだった。今にも動き出そうとするビルや忙しく動く街角、そこには無数の人々の夢とと活動が霧の中で影絵のように動いて見えたのだ。 この街は私の活動出来る場を暖かく提供し、都会に住む美しい女性は暮れていく街で、素敵な時間と空間を包む恋を演出してくれるに違いないーー等と色々夢を育んでくれたのだ。 今朝、高層ホテルから朝靄(あさもや)に霞む街を眺めていると、何時の間にか、昔と今を重ね合わせている自分に気付いた。 つづき
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