気分刊日記

2004年02月03日(火) 着想は良いんだけどねぇ・・・

 仕事を猛烈に速く切り上げてバタバタと19:30から地元の映画館で『着信アリ』を見てきた。まあ、平日火曜郊外劇場の最終回では人の入りも知れたものなのだが、私を含めて10人以下!!たいして広くも無い劇場なのに暖房が無くて寒い寒い。これってわざと?ティアトル新宿で「呪怨」を観た時の寒さもきつかったが、冬のホラーって劇場としては演出しやすいのかなぁ?

 『着信アリ』どうなの?この程度で結構ヒットしていいの?ホラーとしては『仄暗い水の底から』の方が話も近くて俄然面白いんだけど、ジメジメし過ぎかな?とにかく原作が秋元康って段階でダメ!だって柴崎コウの主題歌の作詞もこぶ平(秋元康)だよ?!がめついよなぁ。三池も真面目なホラーはダメだね、後半のオチまでテンションが持たない。

 役者?この程度の映画で演技どうこう言うもんじゃないよ。柴崎コウは強気モードを極力押さえ、不思議ちゃん演技。この人かなり演技のパターンが固まってきてるなってちょっと心配。堤真一も終始深刻な面で面白みが無い。昔だったら竹中直人並にふざけた蓮司もあんまり遊びが無いし、唯一岸谷悟朗が遊んでいる(けどチョイ)。あ、そう言えば松重さんも出ていたんだけど中途半端な役だった。一番頑張っていたのは実は吹石一恵。その壮絶な死に様は、今後の彼女の芸歴にどのような意味を持つのか・・・。

 ストーリは単純。魔法の言葉“幼児虐待”で全てを表してしまう。中盤のマスコミの絡み方が中途半端に始まり、後半は携帯の持つ怖さがたいして意味を持たない。そして、なんとなく、柴崎コウのキャラにオチを任せてしまった感のある脚本は、原作がダメだからしょうがないかもしれないがもうちょっと何とかなってもいいはずなんだけど・・・。

 今後「呪怨」の様な“理不尽な恨みによる恐怖”の次に、映画を見る人(主に大人達)が理解不能な恐怖として有効なのが、今回採用され「仄暗い水の底から」にも通じる“子供の残留思念=無邪気な霊”だろうと思う。この子供の霊と言うのは「遊び相手が欲しい」とか「単純に嫌い」という純粋な欲求。要はどちらもエゴ(自己中)を死後の世界まで持っていくことによって発生する他人の介入できない世界になってしまう。そのため、説得も除霊もほぼ不可能。

 “虐待”“携帯”“儲けたい(by秋元康)”の三つのキーワードで出来た安易な映画。そう言った意味でこの手の映画を撮らせればネームバリューもあるし大阪仕事もお手の物の三池。


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