気分刊日記

2004年04月03日(土) 吹き抜けに見えた天上はガラス張りのサンルーフ

 今年も行ってきましたよ、NODA・MAP。私の心待ちにしていた、年に一回の精神的人工透析!!なのに、遅刻して10分押しぐらいで会場入りっすよ・・・とほほ。

ヤフオクでは些か安値がつきはじめているんですが、ヒロインが宮沢りえだからでしょうか?ま、このまま次回公演も安定しほしいです、基本的に高チケットなので!!

今回、(前回もそうでしたが)メッセージ性の強いリアルな言葉がポンポンでてきました。ただそのどれもが、言葉としてはリアルなんだけど、台詞としてはオブラートに包まれていたり二次的な意味の方が強かったして、単にそのまま受け取れないものでした。もちろん、それは言葉遊びと言う方法であったり、発せられる状況、役者、関係性、など様々な要素を意識させつつ使われるのでその時その時で持つ意味も違ってくる訳です。

野田の舞台を見ると、いつも言葉と肉体の無限の可能性と秘めたチカラの強さに圧倒され、感心させられるのです。日常で何気なく使う言葉も異なる肉体と状況と時間とを組み合わせる事で全く違うメッセージを含む訳です。

そして、その無限のチカラに気付かずに暮らしていた自分、これからもそのチカラを意識的に使えない自分の無力感、周りに飛び交う無意識な言葉に対するやり切れ無さに精神を揺さぶられる訳です。(前回は言葉と同様に肉体=カラダについて同じ様な事を書きました。)

今回は特に言葉、余りにも言葉が身近だからこそ、気付いた時のショックは自らのコミュニケーション能力の限界の一部を思い知らされ、それがガラス張りのサンルーフとなって私の頭上に現れ、それ以上高く舞い上がる事は不可能だと知るのです・・・。

と、こ難しく書いてしまいましたが、大旨納得の舞台です。ただ、私自身が彼のワークショップ経由の舞台構成に飽きているかもしれないと言う認識を持ったのは収穫でも有り、残念なことでも有りました。できれば次回は『し』の再演でも見たいなぁ。

あと、役者についてですが、阿部サダヲの少年は後3年はみてらるんじゃ無いかなぁ?阿部さえ問題なければ野田的にはとても使いやすい肉体だと思うけど。因に阿部君は何処までアドリブなのか?宮沢りえはふつう。前回の松さんを見てしまったので、神を憑依する巫女と言う意味では分が悪いよ。高橋由美子やけに声がでていたなぁ!後の役者皆さんレベル通りの演技で特に気にならなかった。毎回思うのは、NODA・MAPの役者はカーテンコールではとても楽しそうに新国立の舞台を走っている。


 < 過去  INDEX  未来 >


73k [MAIL]