お仕事の伝で久しぶりに試写に行ってきました、『シルミド』です。韓国映画とは言え、流行の純愛系ではないので高を括っていたら、20分前の到着でも席が満席でした。
最近やっと韓国映画に対して違和感がなくなってきたんですが、それはやはりエンタテイメント性がかなり洗練されてきたって事と、物凄くバラエティに富む作品があるので、苦手な作品を避ける一方で、確実に面白い作品にも出で会える確立が増えたって事でしょう。これは、量が質を底上げするって事でしょうか?
『シルミド』・indb:個人的に最近は戦争物とかは特に避けてしまうのだが、体調が良かったおかけも有って結構すんなり受け入れる事が出来た。
作品全体からは、日活や大映のプログラムピクチャー(「兵隊やくざ」とか)、東映のヤクザ物の匂いが感じられる。とは言え私自身あまりその辺の作品を見ているわけではないので大きなことは言えないが、その時代にあった映画の熱気に近い物が詰まっている。とにかく映画から、役者や現場、造り手の気迫や活気、そういう物を享受してより求めている韓国カルチャーの勢いがひしひしと伝わってくる。
内容に関しては、どこまでが真実かはさておき、事実はある程度定まっている史実を映画化するにあたり、変なリアルさよりもむしろ、登場人物の絆や内面の葛藤などを掘り下げることで作品に奥行きを持たせる方法をとった監督はさすがベテラン大御所監督。(と言うよりも韓国国内でこの事件は周知の事実なので今更しつこく説明する必要がなかったらしい。)
実際、この事件を知らない日本人の私にも、話の流れやオチは直に想像がつくのだが、そこに到るまでに描かれる登場人物たちの絆は二重三重に結びつき、これ切る時のカタルシスは物凄いエネルギーになるだろうなぁと、奥歯を噛み締めつつ見てしまう。このての余韻を残す映画として初期の香港ノワール「友は風邪の彼方に」や「男達の挽歌」、近年の「欲望の街」シリーズなど近いような気がする。
役者に関しては、申し訳ないが日本の俳優をかぶせてしまいがちだった。例えば主演のソル・ギョングに大杉蓮、チョン・ジェヨンには遠藤憲一、もう一人の隊長はでんでん、ホ・ジュノは白竜、途中でコックになる人は竹内力。アン・ソンギですら辻萬長を連想していた。純粋な映画の見方を冒涜するようなコメントでごめんなさい。
全体として、“臭い”“くどい”“暑苦しい”で片付けるのは簡単だが、これだけの群像劇で全ての意志が同じ方向に向けて(途中2人脱落したけど)この仰々しくてストレートな劇を臆面もなくやり遂げてしまう勢いとその魅力や新鮮さは、カンヌを含めた世界中が注目していることは間違いない。でも、この勢いって戦後の日本映画や、返還前の香港映画にもあったものなんだけど、これを乗り越えどれだけの駄作を排出して、それを如何に淘汰選別してゆくかが今後の韓国映画の課題になっていくもだと思う。それには南北問題も少なからず影響を与えるはず。
ただ、戦争映画だからしょうがないかもしれないけど、女気ゼロ!閉鎖的空間において長時間の緊張状態を共有する事によるシンパシーの高まりや、立場や年齢を超えた信頼関係、先輩後輩・上司と部下は勿論、父と息子、兄弟・・・と言った男社会で考えうる男同士の結びつきが超色濃く描かれて非常に男臭い点が見る人を選ぶかもしれない。本当に、全くといって良いほど女が描かれない、と言うか出て来ない。一応主人公が故郷の母の思いを語るのだが、それすら父と息子の関係を物語る裏返し出しかないのだから凄い。 同じように俳優だらけの群像劇だった日本映画「突入せよ!浅間山荘」と比べるとお国柄が良く分かる造りです。
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