超雑務係まんの日記
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2004年03月02日(火) グッバイ

「今度」と言われたら、信用しないようにしている
なぜなら
「今度」をあまり経験してないからだ

なかには二度と「今度」が訪れなかったり
決して逢うことのない「今度」がいくつか存在してたりする

そう
絶対に来ない「今度」が歳を重ねるごとに
どんどんポイントのように貯まっていく

本来なら「今度」はいつか消化されるものでなくてはナラナイ

曖昧な言葉は
いつでも真剣さと対照的だ
その時がこないとわからない、といった日常は
「今度」をずっと呪文のように唱えてるに過ぎない

呪文を唱えれば
劇的に突然何かが変化するなんて
テレビゲームの世界以外ではやはり難しい

とは言いながら

流浪を強いられず
最低限のお金があって、焦らずに生活できる環境があれば
人は変化を求めない
仮に劇的な変化を求めたとしても、どこかゲーム感覚だ

ずっとずっと「今度」は今度でいいのだ
未来はその時がこなければワカラナイから

イヤだ
そんな感情は泥みたいだ


モンスターでなければ
まっとうな人であるならば

「今度」の積み重ねを過去として捉え
現在は「未来」であって
未来は「意志」になるのだと思う

そして
意志は「覚悟」になり
最後には「祈り」に昇華していくのではないだろうか

逆にベクトルをたどってみる
覚悟のない言葉は意志がないから軽いのだ
意志のない考えは未来がないから浅いのだ
未来のない日常は現在がないから辛いのだ


祈りのない生活からは
捧げる覚悟と言葉を、オマエの脳に持ち合わせていない

だから
愛もない

サヨナラ


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