あきれるほど遠くに
心なんか言葉にならなくていい。

2003年03月14日(金) 神様の微笑みなんて僕は要らないさ。



昨日は恋人に会っていたという感触の薄い今日。
なんだか首筋がむずがゆく、なったりするけど。

Paorett『POEレバ?』(22日、来週の土曜!)の打ち合わせに向かうバスの中から、白石一文『僕の中の壊れていない部分』を読み始める。
不思議な本だ。
僕は共感できるようで、共感できぬようで、共感してしまっていそうな本。
うん。

僕は、「些細な幸せならいらないから至高のものをくれ」と言ってしまう人間だ。
だけど、「些細なものでもいいから幸せになりたい」って言えるヒトを羨ましく思う。
・・・その方が正しいと思ってしまう。
決して僕はそんなふうには考えられないだろうけど。
そういうヒトに驚いて、彼/彼女を羨んでしまう理由を、僕はきっと自分の言葉では説明できないし、誰に解き明かされたところでそれに納得したりはしない。

けれどこの本には、絶対の価値観を持つ男が出てくる。
それはただ単に作者による小説のための登場人物の性格付けであるかもしれない。
そうであっても彼は限りなく魅力的で、かつ唾棄すべき存在だ。
ただ僕は、彼を称える舌も蔑む舌も、そのどちらもを持ち合わせていない。

 *

・・・今日は恐ろしい夢を見ました・・・。
最後の1個となった文旦を、剥くのが惜しくて箱に取っておいたら、ある朝起きると「もう虫に食われてたよ」と親が言うのです。
でも食べられる部分もあるかもしれないし、と思って見ると、文旦は皮を残してすべての部分を虫に食い尽くされており、中では様々な虫がむしむしと繁殖しておぞましいことに・・・!(震撼)
見る見るうちにその蟲どもは家中に広がっていく、という筋書きなんですが、繁殖に繁殖を重ねた蟲たちは遺伝子の形につながってたり巨大化してたりして、・・・朝からひどく恐ろしかった(泣)
おかげで文旦の箱を開けて最後の1個を取り出すのが怖かったです。
・・・でも現実には食われてなくって良かった。

物言わぬ植物にはテレパシーがある、とよしもとばななが「楽園」で書いてるけど、きっと箱の中に最後の1個って残された文旦が、眠っている僕にテレパシーで助けを求めたに違いないんです。
「このままだと虫に食われて終わりだから早く剥いてくれ」って。
うんうん。
何てけなげな文旦!(嘆息)




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