あきれるほど遠くに
心なんか言葉にならなくていい。

2003年05月14日(水) しぬ、ときの気持ち



たとえば、
合わせた肌がその瞬間から融けてしまうように魔法をかけられていたとするなら、
今ごろはきっと、
そこに遺るのは一握りの脆い骨のかけら。

 **


心中。
についてずっと考えている。
あんまりわからないから、深く考えられないのだけど。
でも、
旅立ち、みたいだなぁと思うことは思う。
明日へではなく、昨日にでもなく、
たぶんずっと遠く、でも実は僅かに近い、何処かへ。

そのひとと一緒に逝きたい、と思う気持ちはわからないでもない。
でも一緒に死のう、というのはよくわからない。
死を想うとき、そこにあるもの。
それは逃避なんだろうか。
それとも幻想なんだろうか。
僕には自分が死ぬ、ときの気持ちはわかるような気がしても、誰かと一緒に死のうとするときの気持ちはよくわからない。
同じように自分が

 何処か、遠くへ行きましょう

と言うときの気持ちも、桜の散る春が過ぎてしまうとどこか朧げだ。
・・・と言うより、そんなときは初めから思考は麻痺しているのかもしれないけれど。


さようならを言う、
さようならを言うときの気持ち、
それはもう、
切り落とした髪を見つめる時のように惜しむことない別れだけを想うときの。




↑たとえ隣りに誰が居ても。
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周防 真 [MAIL] [HOMEPAGE]

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