あのひとの後をついていく。 もうその背しか見えなくなって、何時間も何時間も歩き続けているように思いながら、ひたすらに足を運んでいる。 知らないうちにカバンも携帯も時計もどこかに置いてきてしまった。
どこへ いくの
問いかけたくても、口を開く方法を忘れてしまったように意識はおぼろだ。 あのひとの、振り返らない背中だけを見て歩いていく。 暑くもなく寒くもなく、お腹が空いたとか足が痛いとかそんな感覚は何も無い。 ただ、
―――少し、 疲れた な
と 思う。 軽く、あくまで軽く、そんな感覚が耳の上あたりをふわふわと漂っている。
*
そんな夢を見たように思いました。 その光景はただ、僕の記憶の一節のように無造作に僕の頭の中にあります。 喜びも、悲しみも、 そこではただの記憶でしかなく、 痛苦や嫉妬も まるで遠い過去の話のように曖昧でおぼろげです。
そして僕はあのひとの表情を知ることもできず、あのひとを呼び止めることもできず、 まるで黄泉路を辿るオルフェウスとエウリディケのように歩いていくしかない。 でもそれを、僕は苦痛に思っているわけでもないのです。 その暗い道筋はあのひとの背だけを浮かび上がらせ、僕自身はそれを追うことしかできないのだけど、その足取りは淡々とたゆみない。 微細な疲労感は、それも恋の為せる業、と思えば何の負担でもなく。 少しずつ、 その停滞を壊す瞬間を待ち焦がれていく。
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