祈ること、は、たくさん。 早く雨が降ればいいのに、とか。 春の匂いは夕暮れから空に満ちて、変に甘く息苦しい。 すぐに感情が波立つのも、きっとそのせいだと思う。 樹木が青々と芽吹いて、いつの間にか山の色が新緑に変わり、夜が生暖かく朝が目映い。 会いたい人がいる。 せめて梅雨の始まる前に、せめて僕が口を閉ざしてうずくまる前に。 春は一瞬で、もう夏の気配がする。 それなのに夜、たゆたいながら春の息吹はさや、さやと降り、満月に強く照らされて僕は古の歌を思い出す。
ねがわくは、
想うことはいつも同じ。 同じように狂おしく同じように言葉にならない。 ほんの少し、で、いいので、どうか。 どうか、神様。
魂だけが遠くへ。 僕の魂だけ。 傷付けるのはこんなに容易なのに、何故に僕は我を忘れた刻限に戻れないのだろう。 指を立てて、しー、と言ってみる。 これが恋か愛か執着かなんて、わかりきっていても何度でも考える。 そして何度でも違う答で無理にでも口をつぐむ。 苦しくなんかない。
ただあのひとは苦しそうに僕を見る
わかっているのは、あのひとの爪が美しい桜色に染まっていることだけ。 その美しく長い指と爪とその弧が描き出す空間のバランスのやわらかさ。
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