風邪をひいたらしい。 何故か夜、とても眠れないので、とりあえず氷枕で頭を冷やして肩に温湿布を貼ってみる。 ぐったりと、くたびれて身体は泥のように重く頭もずっしりと澱んでいるのに、目は満月の皓々と光るように冴えて、閉じることができない。
平安がどこかへいってしまったよう
ずっと、目を閉じればすぐに眠ることができていたのに、何が僕に眠りの恩寵を与えないのだろう。 そういうふうに。 考えはいつもゆるやかに巡り、そこかしこで澱み、僕は静かにひそやかに息を殺すように、遠い虫の声を聞いている。
これは風邪、かな。
明け方、虫の声が止むころ、ようやく深く墜落するように眠りは訪れる。 じっとりと汗ばんだ額から重くぬるくなった氷枕を外して、光から目を背けるように僕は落下する。 僕はたぶん忘れないだろうという自覚がある。 僕は忘れられないだろうという自覚がある。 そう、それはもう、長いあいだ何度も何度も繰り返してきたことだから。
*
目を、覚ますと、部屋は朝の光に白く染まっていて、僕は今まで見ていたはずの夢をもう思い出せなくなっているのに気付く。 けれどそれは喪失感と共に安堵を孕んでいて、僕はもう一度、安らぎに浸りながら身体を丸くして束の間目を閉じる。 朝は忘却に相応しい。 そして僕は夕刻までの平安を手に入れる
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