火照る、頬に、 ヒトが軽く指を触れて
「あぁ、熱があるね」
と 僅か切なげに眉根を寄せ ちい さく 困った ように笑みを見せるので僕は
熱に潤み塞ぐ気鬱の合間に ちら ちらと うすい悦びの ひらめくのをこらえていたりします
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『見舞いの話』
見舞いには水蜜でしょう と思って百貨店の果物売場からおおきな籠を下げて市電に乗ってゆく。 左腕に下ろす籠の透明なセロファンから未だ青白い水蜜の未熟なかほりが 市電の軽く温もった中に優婉に漂ってくる。 市電は カァブを揺れながら曲り終えがたぴしと音を立てて停車場に着く。 降りると寮は乱雑に並んだ自転車の向こうに鬱蒼と建っており 学生らしき人影がひとつ バルコンに出て怠惰そうに煙草を吸っている。 おおきな籠は狭い階段を人に先んじて登り 軋む階段を三階 軋む廊下を左側二室目 ノックと共に訪いは返事なくドアを開ける。 部屋の主は眠っておるようだ 入口脇に籠を置き ひとつばかり指先で皮を剥き 水蜜の甘さを確かめてから また来る 消息を残して軋む廊下と階段を帰る。
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