あきれるほど遠くに
心なんか言葉にならなくていい。

2006年09月23日(土) 祈り の 記録






  きずつけることなんか何も
  言いたくなかったので


当たり障りのない話をただポツリポツリと続けた。
外はまぶしいほど晴れていて、北の方の遠くで飛行機が浮かび上がるのが見えた。
あのひとが何も言わないのをいいことに、何も聞かなかった。
ただこのひとはいつもとてもフラットだと、思っていた。



何故だかたくさんの古い歌を思い出した。

  きみがいく みちのながてをくりたたね

  あかつきに こひしきひとをみてしより

もう目の前にほんとうにあのひとがいるのかもわからないような気がしていた。
耳で聞く、当たり障りのない話をただ漫然と続けている間に、いつしか話題は途切れていた。
ずっととても抑えた声で話していた。
どうやって声を出せばいいのかも忘れてしまいそうだった。


あのひとが小さな声で聞いた。
何故会おうと思ったの、と。

僕は少しだけ笑った。
あぁ、とひとこと応えて、
うつむいた。
それで喉に絡むせつなさを祓って、当たり障りのない理由を口にした。

  このひとはやさしいので、

困った顔をさせたくなかった。
あのひともまた、うつむいて少しだけ笑った。




お願いをひとつしていいか、と尋ねると、どこか警戒したように何かと訊かれた。

  たばこを買ってほしい、何も1カートンとは言わないから、

甘えたように言うと苦笑して頷いた。
それで僕ももうここに、根が生えたように座っていなくていいのだと思って、明るく晴れた外へ出た。
最後に動けなくなったり、帰りたくないとか醜態を晒したくなかった。
せめて優雅に外へ出て、穏やかに別れるつもりだった。


僕の欲しいたばこが見つからずに、少し遠くまで歩いた。
たばこの売っている場所は探すとなると見つからないもので、あのひとの行かなければいけない時間を気にしながら歩いた。

僕が怖いかと訊いた。
僕はいつも必死に、こんなにも強く恋をする自分を持て余しているのに、あのひとは普通に、そんなことはないというようなことを言った。
そこまで自惚れていない、と。
自分がどれだけこのひとのことを好きかと思った。

たばこを1箱、買ってもらって、偶然に絡んだような振りをしてあのひとの指を捉えた。
逃げ出さない指先をいいことに、ごく軽く指を絡めて歩いた。
それだけでこの心はぐらぐらと崩れそうになるのに、口調だけは明るく話した。この恋のこと。

会えなくても大丈夫だ、というようなこと。



どことなく別れがたそうにしていたあのひとに、これからどうするのかを訊いた。
そうしているうちに別れるはずの場所へ着いた。
送ってほしくはなさそうだったので、とりあえず、と思ってほんの20メートルほどを歩いた。
僕がこのひとを諦めることを望まれているとしたら、と思ったときのことを途切れがちに話した。
話しているうちに泣きそうになった。


もうすぐ来る僕の誕生日の話をした。
その頃にはもう、会えないのだと思った。
不覚にも涙がこみ上げて、それを指摘されて目元を押さえるつもりが一瞬遅く、一粒だけ泣いてしまった。
会えないのはつらい。
とても、つらい。

  いつかまた会いましょう、と言った。

いつか、また。





この心が変わらないと思えるのは何故だろう。
思い出せる想い出は多すぎて、これらに囲まれて生きていかなきゃならないと思うと背筋が凍りそうに寒い。
けれどこの心が、あのひとを呼ぶのはもうつらい。
とても、
会えないことよりもとても、
つらい。


そうしていつも明け方に見る夢に、目覚めたくはなかったと少しだけ泣くのだ。


けれどただひとつ、
何もかも決して思うとおりにはならなかった僕がただひとつ、自分で選んだのだから。
この心を殺さずに、ただ眠らせて、生き続けられるように。
それはたぶん何かいじましく切なく狂おしい理由でだろうけど。









↑それはもう何か、祈りのように。

My追加




  信じられない、

と言ったあのひとに、

  じゃあ祈ったらいい、

と僕は返す。
信じるも信じないもなく、祈るも祈らないもなく僕はあのひとをあいしている。
だからもう会わない、なんてとてもエゴに満ちた選択だけど。
このひとがいつか会いに来てくれたら、と考えた。
ただ会いたかったというそれだけの理由で。
そんな幻想はありえないのだとわかっていても、ただ祈った。

それはとても、不思議におだやかで晴れやかな気持ちで、別れがたく苦しくあのひとを見つめたあとに思い切るように踵を返す。
祈りは、それだけで尊い。
そう信じた。








 < 過去  INDEX  未来 >


周防 真 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加