これから少し遠くへ行くのだけど。
置き手紙のようだと思う。 少し遺書に似ているとも思う。 だけどこれを読んで痛む人も笑う人も、もう僕には心当たりがないので、別にどうでもいいと思う。 遠くに行く日はどこか気持ちが透明に淡い。 それは目的があるせいだ、と思う。 永遠でさえ、果て近くにあるものが目的なら、たぶん永いとは思わない。 目的や約束で命をつなぐ。明日を、せめて時間をつなぐ。 そういうために生まれたのではない。 そういうために生きてきたのではないけれど。
帰ってくるのがいやだな、と思う。 行くのはこんなに軽い気持ちなのに。 それでも戻ってくるしかないんだろうな、と思う。 少なくともここには僕の存在理由があるから。 存在価値があるから。 でもそれだけではいやだな、と思う。 いやだなぁと、こどものように。
このところ巧く眠れなくてずいぶん眠い。 眠いのに眠れない。 思い出とか夢に逃げ込みたくないのかもしれない。 だけどどこか霧の中のような、淡い場所で、僕はいつも、
あぁ、ここはあの場所だ、
と思っているのだ。 そこは郷愁と束縛を強く感じさせて、僕は逃げ出したくてたまらないのにただずっとそこに立っている。 淋しくはない。 何か淡い期待がある。 その期待はどこか歪んで悦びに通じていて、僕はそれが怖くてたまらない。 ただそこはとても、淡い場所だ。
さて、これから荷造りをして、夜も明けぬうちに発つらしい。 たぶん眠る時間はあるのだ。 ここでも、たぶんここを発ったあとでも。
ただどうしてここがこんなに淋しくて淡いのかわからない
華やかな、華やかなはずの香り。
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