冬は指が細くなってしまうので、気を緩めると指輪が関節から落ちてしまって危うい。
せめてなくさないように手袋をはめれば指先に宝石のようにわだかまる、その気配に少し口元が緩む。
仕事が少し、とても急に暇になってしまって、不意に弛んだ空気の中を泳ぐように歩く。
たぶん、少し立てばまた元のように忙しくなるのだろうし、現実には仕事以外でもとても忙しいので、そんなに気を緩めてはいないのだろうと思う。
だけど職場で考えることが何処の端緒からか不意にあのひとのことにすり替わってしまって動揺する、まるで麻薬のように甘い一瞬。
それは禁忌を犯したときの呆然とした気持ちに似ている、今の一瞬自分は何を考えていただろうと愕然とする自らを頬の熱さが裏切る。
何処へでも行ってしまえそうな浮揚感、行けない現実は忘れたように遠い。
あのひとに会いたいのに、 会いたいのに、
会えないでいることの絶望的な恋。
何処へでも行ってしまえ、と呟く言葉が声になることは決して無い。
けれど心が緩んだように甘い気配がする、目の前のモノは何もかも、要らないものだと考えるときの罪悪感の軽さ。
早くとてもとても忙しくなればいい、そうして何だか吐き気のするこの微妙な多幸感から逃れてしまえればいい、はやくはやくはやく。
落とした手袋に指輪が残されていたらたぶんそれは僕のものです、
とてもそっけなくアリガトウと言うだけでも。
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