あきれるほど遠くに
心なんか言葉にならなくていい。

2006年11月25日(土) 断章��





青く晴れた空が広く見える部屋に静かに座っていた。
陽射しにビルの外壁が白く照らされて眩しく見えた。

時が経つにつれて、空には薄く雲がかかるのがわかった。
このままいくと帰る頃には雨になるのかもしれない、と軽く憂欝になる。
ようやく効き出した暖房に背を抱かれて、薄れてゆく陽射しを惜しむようにずっと、空を見ていた。




想いが言葉になったらどんなに楽だろう、とよく思う。
言語化の作業はとても大変だ。
それはつまり普遍化であり、一般化であり、低層化であるのだと思う。
考えは当然のことながらただの微弱な電気信号で、それが第1次の変換で日本語の形を取りうるに過ぎない。
もちろん僕は日本語が好きだ。
けれど言葉を愛し使いこなすことと、この感情や思考や想念を言語化することとは、当たり前だけどまったく違うから、ひどく不自由な感覚を抱く。
いつも僕は、思考していることからはどこか遠くにある言葉の概念を引きずり寄せるようにして、まるで捩れた足で必死に歩くみたいに言葉に仮託した想いを述べている気がする。

それはまだ僕が子供だということかもしれないけど。

それならそれで、少し救われるような気がするけど。





その部屋の壁にあいた大きな穴からは、絶えずごうごうという風の音がして座っている人間に温風が吹きつけてくる。
すこし息苦しい、と思いながら空を眺めて座っている。
空はもう、陽射しをやわらかくさえぎって雲が広がっていて、最初見えた晴々とした町並みは生気を失って灰色に澱んでいる。
これから僕はあそこへ帰ってゆくのだ、と思うと何やらとても淋しい









↑告げたい想いがあっても。

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