穏やかに優しく強い目をしたひとと夜、車に乗っている。 雨が降っている。 ワイパーを動かす音が大きく、響いて、 プレーヤーから流れるショパンのピアノ曲を時折濁らせていく。 雨は急に強く、叩きつけるように降って、車の中の沈黙を粟立てる。 ただそこで、強いひとは穏やかに話すので、僕はただ窓の外を流れていく濡れた景色をぼんやりと見送っているだけでいい。
桜を見に行きたい、とぽつりと言った僕に、 あぁ行きたいねぇ、と返すひと。 だけど行けないね、と諦めるように僕は呟き、 そうやなぁきっと、と悔しがるようにひとは応える。
橋を渡る。 雨粒の浮いた窓越しに、川岸の桜が淡くほの白い。 それを横目に見ながら、ここで車を止めて、と言い出せない僕が悲しい。
ただきっとたぶん、ここで車を降りてしまえばもう戻れないような気がしている。
あなたと桜を見に行きたい、 あの仄白く闇に浮かび上がる、崇高に恐ろしい夜桜の影を。 遠く闇に沈んでいくあのひとの影を、このこころの狂おしさを、それで胸の内に納めておけるのかはわからないけど。
あなたとさくらをみにいきたい
雨は強くフロントガラスを叩き、濡れた路面は暗く視界を飲み込む。 にじんだヘッドライトがまた近付いては流れ去り、ゆらゆらと揺れているのはこの僕の内面の方だとようやく気付いてしまう。
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