あめが、
泣くことも忘れたさ。 そう思っていたけれど、どうやらもう死んでしまったひとのためなら泣けるらしい。 裏返せば、それ以外の何のためであっても泣いてはいけないような、微妙な制約。 浅い池の中に足首までを浸して立っているような感覚。 そこでは泳げもしないし、溺れられるはずもない。
だからぱらぱらと浅く降りだした雨の中を踊るように歩きながら、相変わらず泣けない胸の内は少しずつ、軽くなっていくようだと息をしている。 泣けもしないなら誰かが代わりに泣いてくれればいい。 濡れていく頬に救われている。 泣けないなら泣けないで、泣きたくないのならいいのに。 潔く。 救われた気持ちなんかしなければいいのに。
こころを、徐々に貶めていく。 この狂気のような執着はどうしたらいいのだろう。 濡れていくアスファルトと緑を増す樹々と、甘い香りの夜の空気。 過去は甦るはずもないのに、風景が情景をなぞれば感情だけが何度も自ら再生する。 過去の情景のまま。
ひとの名前は触れるだけで痛むのに、その名を脳裡に呼べば強く眩暈がする。 ひとを想う。 想えば感情がひきずられる。 こころが、貶めたはずのこころが息をしようと藻掻く。 息をしないでほしい。 そこにあると言わないでほしい。 こころを。 腐り崩れ落ちる前に凍り付かせる前に、もうそこにないものと信じようとしているのに。
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