| 2003年04月22日(火) |
倉島厚『やまない雨はない』★★★☆☆ |
 『やまない雨はない―妻の死、うつ病、それから…』 倉嶋 厚 文藝春秋 (2002/08)
あとがきより。 『「伴侶との別れ」や「うつ病」の状況は人により千差万別ですが、この本に書かれてあることの共感や批判を通じて、何かヒントになるようなことがあれば幸いです。』
妻の死に直面した筆者。 自責の念、後悔にとらわれ、いきる気力をなくし、うつ病に。 死に場所を決め、屋上に立ち、とびあがる。 気づけば上に飛び上がり、元いた場所に着地していた。 周囲のサポート。 信頼できる精神科医との出会い。入院、そしてどん底からの回復。
どんなこころの傷も、いやしてくれるのは「時」であること。 そしてサポートしてくれる人(ペット、花など物でもいいと思う。本でも!)の存在。そしてそれを遠慮なく求めること。求めていいこと。
なるほどなぁ、と、まだひどい喪失感を覚えるような別離を経験していない身の自分は心構えを教わった気分。 30過ぎてまだ、というのはすごく幸せなことなのだろう。 逆に、喪失感を感じられる人間関係を築けてこなかった空虚さもちら、と思う。 同居していた身内が亡くなって、泣けなかったんだものね。 悲しくなかったものね。
それはともかく。
もしそういう状況に置かれたら、「責め過ぎないこと」を忘れないようにしたい。人に声をかける時も。 せめて、「残される寂しさ」を味わわせずにすんだ、という救いもあったということを。 やまない雨はなく、晴れっぱなしの日々もない。
人間の死亡率は100パーセント。 少しでも長く一緒にいたいし、逝く時は一緒がいいけれど。 こういう本をたまには読んで、「生きている今」をもっと大事にしようと思い、行動してみるのもいいね。
あの人に、手紙を書いてみよう、なんて。
『やまない雨はない―妻の死、うつ病、それから…』
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