母のタイムスリップ日記
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介護の話から外れるが・・。 数日前の夕方5時ごろ、洗濯物を取り込み忘れてベランダに出た。 綺麗な青空に目を奪われていたら、トンボが視覚に入った。 「今年は、トンボの数が少ないなあ。」と思っていた所だったので 暫く、空を眺めていた。 はじめは数匹だったのに、どんどん数が増えてきた。 気が付くと、皆、同じ方向に飛んでいくのだ。「そんな馬鹿な事」と 更に見ていたが、やっぱり 皆同じ方にに向かっている。 「かぜのせいかな」とも考えたが、風もそれほど無い。 「近くに大きな、公園があるから、そこで夜を過ごすのかな?」とも 考えた。 でも、家の周りだって、木は多い方だ。 トンボのねぐらって・・・・・。???????。 生まれるのは、川だから・・・。近くには川の合流地点が2箇所ある。 その周辺に、草や木がある。そして、林も。 そこが、ねぐらとなる筈ではないのか・・・? こんな年になるまで、何も知らない自分がなんだか 恥ずかしく、 そして、哀しくなってしまった。 その後、気を付けてみているが、昼のトンボは、それぞれ違う方を 向いて、気ままに飛んでいた。 夕方は、曇り空なのでトンボに目にあわない。 ****** ********
昨日の午前中、母は「故郷に帰る」とかなり不穏だったと言われた。 そういえば、荷物はあちこちに纏まって置いてあった。 母は、何故、纏める物と纏めない物があるのだろうか? おそらく、母の所有物とそうでない物に分けているのだろうと推測する。 だから、折りあげた作品は母のものだ。 でも、持ち物全てに名前が付けてあるのに、なぜ、分けるのだろうか? 母は、帰ろうとする時、着ている洋服さえも「自分のではない。」と 脱いでしまう。それが、数年着ていたものでもそうする。 次に着る服だって、数年着ていたものなのに。 時には、「私の物ではないけど、お借りします」と言い出す。 ずっと、昔にタイムスリップしているのだから、母の記憶の時代の服等 あり得ないし、今の周囲の人の服をみれば、判りそうな気がするのだ。 母の頭の中は、昔も今も同列になっている部分があるようで、そこに、 違和感は生じない様子だ。 以前は、気になり、「ほら、あの時買ったでしょ。」と思い出探しをした ものだが、今は、そうした事に拘らない方が良い時期に差し掛かっている。 だから、その事で母を探らなくなってきているので、余計に纏め分けの 判断基準が判らないのだ。
家に帰る症候群は、母にとって必要な時間なのかもしれない。と此の頃 感じる。 だとしたら、荷物を纏める事も仕方無いのかもしれない。 だけど、在宅で無いから、こんな風に思える事なのだよなあ。 目の前で毎日展開され、そうならないようにあれこれ動かなくても良いの だからなあ。 施設で、母が「帰る」と訴えれば、それは 大変なのだろう。 どの辺で、納得して行けば良いのだろうか・・?
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