母のタイムスリップ日記
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2002年10月25日(金) 訪問看護。


 介保が始まった今、訪問看護を受ける事ってどうなっているのだろう。
私は、一時訪問看護を利用させていただいた事があった。
介保が始る前の事だ。

 私の住む町で、訪問看護の利用が少なく存続の危機になりかけた。
公式の情報は、耳にしてないが、罹り付けの医師の言葉でわかった。
「どうかね。訪問看護を利用してみては。少しお金がかかるけど。」
利用料金は、言うほど高くなかった。
折角のサービスが廃止されたら困ると思った。
利用者が増えれば続けて行くということだった。
丁度、母が鬱状態で梃子でも動かないと言う時でもあったので、
「渡りに船」であった。

早速利用開始にした。
散歩に連れ出す事なんて 今の訪問看護ではしているのだろうか?
あの頃は、して貰えた。ナースステーションが家の近くという事もあり
そこまで母を連れて行き手作業などもさせて貰った。
母は、まだ いろいろの事が出来 季節の飾りなども進んでしていた。
だから、ナースステーションの飾りなども手伝っていたようで役に立てた
喜びで満たされていた。
訪問して、血圧を計測し体温を測り散歩。
戻って 再度 血圧を計測。
散歩後は、確実に血圧が下がっていた。
出る時は、大変な思いをした。「歩いても我慢できなかったら戻ってきてね」
と励ましながら見送った。戻ってくると、すっかり気分が変わっていた。
その変わり様に 看護士さんも驚いていた。
私が、無理しても散歩に連れ出す意味を理解してもらえた。
 爪の切り方もその時に学んだ。
大人の爪を切る事はあの時至難だった。素人の私には怖いことだった。
手の方は母が自分で切っていたが、問題は足だった。
目の前で切っているのでコツがのみこめた。
そのおかげで、今では不安を与えずに切って上げられるようになった。

プライベートな話もちょっとしたり出来、私も息抜きできた。
あの頃、介護に追われて「何も出来ない」とうつうつとしていたから。
医師との連携もあり 安心できた。
良い方たちとのめぐり合いで、母だけでなく介護者の私にも安らぎを
齎してくれた。
今、ナースステーションにその人達はいない。



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