母のタイムスリップ日記
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2002年11月03日(日) 今日はめでたく。


 友人の息子さんの結婚式。
息子さんの巣立ちもおめでたい事だ。
でも、私は友人が今日の日に母親としてその席に立てた事が一番嬉しかった。
これは、同じテーブルについた友人家族の知り合いは同じように思っていた筈だ。友人のご主人の大学病院の医師夫妻。友人の先輩のご住職ご夫妻。息子さんの大学時代にお世話になったと言う方、そして、私たち夫婦。
みな、友人の病を知っており、大丈夫と信じながらも いつも 何処かで案じて来たのだった。
今日、友人には、手話通訳のできる友人が付き添っていた。
この方も、影で支え続けた一人だろう。
支えるとは言っても、逆に彼女夫婦から教えられる事、学ばされる事があり、けして、一方的に支えていた訳ではないのだが。
そして、何より、彼女を受け止めていたのは、その後主人なのだが・・・。
息子さんや花嫁さんは勿論晴れやかでとても、逞しく美しかった。
式の準備も全て二人であたられていたし・・・。

 いろんなスピーチ、祝宴あったけど。
私が、不覚にも涙したのは、息子さんの妹さん5人のソーランの踊りだった。
上の二人は、晴れ着で望まれたが、その出し物の時には、赤いティーシャツに
白い短パン。日本一のねじり鉢巻を締めて、きびきびとリズムに乗って踊られた。ソーラン踊りが始った途端、目頭が熱くなった。ぐっと、我慢していた。
目にマスカラをつけていて、出掛けに娘から、「こすっても大丈夫だけど、水で濡らさない様に。」と言われていた事もあった。
でも、今日の日まで、けんか等をしながら練習したのだろうな。彼女も疲れながらも見守って来たのだろうな。と考え始めたら、もう堪え切れないほどの涙ががあふれ出てしまった。ハンカチでそっと拭き隣に居る夫を見ると夫もハンカチをあてていた。暫くすると、同テーブルに着いたみんながハンカチを目に
あてていた。やはり、思いは皆同じだった。
他のテーブルがどうだったかは解らないが・・・。
 ソーラン節はとても軽妙なリズムで、涙を誘うものではなく、お祝いの席にぴったりだったのだけれど・・・。
踊り終えて、私の横を通った娘さんたちとパチンと手をあわせた。
落ち着いてから、友人の席に出向いたら、ご主人が、「自分の娘だけど、もう
涙が出てしまって・・・。」と言われた。いつもは、動じないないご主人でもそうだったのだ。

いろんな、お式の席に座らせて貰ったけど、出し物でこんなに涙したのは初めてだった。小泉さんじゃないけど「感動した」

そして、母のところには、留守番役の娘が尋ねてくれたようだった。
知り合いの方の所にも寄ってくれたようだった。
母も知り合いの人も、落ち着いていて、いろいろのお話をして帰ってきたようだった。夜、母の施設の前を娘とドライブした。10じ30分。母の居室の明かりがまだ点いていた。まだ、起きているのかな?


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