母のタイムスリップ日記
DiaryINDEX|past|will
この時期になると、母と共に芋茎作りをした。 母は、いつも、「なにかする事ない?」と 聞いた。 私は、母の為の作業をいつも考えなければならなかった。 其の時、道具も要らず、実用的なこの作業を思い立った。 地場の農家の人が出すお店では芋の茎がこの季節になると出た。 芋茎は、食べた事があっても作り方は良く知らなかった。 いや、食べたのだって、故郷に住んでいた頃冬に1度くらい食べる程度だったのだ。母は、ひょっとしたら、作り方も知っていたのだろうけれど、私が育つ過程で作ったのは見たことも無いのだった。作ったという話も聞いた事も無いのだった。 そんな訳で、農家の人に作り方の確認をした。 きっと、私の何処かで、誰かから聞いているのだろう。 「これは、皮を剥き、干すだけで良いのですか」と。 農家の人は、皮は剥く人と剥かない人が居ると言った。 私は、作業が長く続いて欲しいので、皮をむくことにした。 手が灰汁で黒くなってしまうが、仕方が無い。 テーブルに新聞紙を広げて作業は始った。 割と感単皮が剥けるので、丁度良い作業だった。 剥き終えた芋の茎を紐で吊るせる様にして数日干して出来上がり。 これを、また料理した。 食べる時には、自分で作った事など忘れている母だが、「ほら、前に作ったでしょ」と食事時に話題にした。そうする事で唯食べるのでなく楽しみながら 食事が出来た。 今年は、未だ作ってない。 やはり、この作業は私が母から開発された能力なのだろう。 きっと、母が痴呆にならなかったら、作る事もなかっただろう。 だから、母に感謝しなければならないのだ。
今日、面会に出かけると、母の居るフロアは、お掃除の業者さんが入っており 誰も居なかった。別のフロアにみんないて、いろはカルタをしていた。 読み手がはっきり発音できないのと、耳の遠い人が居てなかなか進まず飽きている人も居た。ちょっとお節介癖が出て、補足読みをした。 みな、上手に探し出すようになった。 一度終って、再度挑戦。皆やる気を起こしていた。 2度目が終った時、Hさんが、カルタの読みを口にしたので、それではと、今度は、頭の言葉だけ読んで、次の言葉を言うようにしてみた。百人一首みたいなものかな? みんあ、すらすらと言葉が出てきた。 聞けば、まだ、文字も知らないうちから、お兄さんお姉さん達がしているのを 見ていて覚えたと話してくれた。 それにしても、良く記憶に残っているものだと感心してしてしまった。 掃除も終ったので、自分たちのフロアに戻った。 みんな、いつもと違うフロアにいると気がついていた。 やはり、こういう事はわかるのだなあ。 その後、母と散歩した。かぜが、冷たく感じた。
|