母のタイムスリップ日記
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昨日の日記でも触れたが、母が2年前に診ていただいた歯科医の事を思い出していた。 嫌な経験は、記憶に残り不穏の原因になる事は、今までの経験から推測できたが、良い経験も記憶に残る事もあるのだ。 トイレから用を足して出ても、ドアを開けた途端 記憶が消えている。 食事した事だって、記憶から消える。 風呂上りだって、浴室で身体を拭いている最中に「風呂は行ったかな?」と言うほどなのだ。
それなのに、2年前の事を思い出せる・・・。
その記憶形態は、どうなっているのだろうか? とても、私の中では整理できそうも無い。
2年前、母の記憶は、引き出してあげれば思い出せていた。 だから、「歯医者さんに行ったね」といえば、「あーいい歯医者さんだった。 偉そうなお医者さんが多いのに、丁寧な方だったね。」と引き出せた。 おまけに、其の前の歯科医から、怒られた事まで思い出せた。
ただし、昨日、一度目の診察が済んで、昼食を摂る時に入れ歯を預けてきた事 そして、入れ歯をつけてない事は、認識できなかった。だから、硬い物も食べようとした。噛み切れないと判るとそれを出した。 反応としては、正常なのだが、其の前に噛み切れない時点で「入れ歯が無い」と騒ぐ筈だが、それが無いのだ。
こういう、ちぐはぐさが、痴呆には付いて回る。
その辺を理解しておかないと、「わかっているのになぜ?」となってしまうのだ。
医師は、こういう記憶の事はあまり問題にしないように思うが、介護者にとっては、喜びでもある。 「あー。覚えてくれていたのだな。」と。 ホームに入って、暫く経ち、それまでお世話になったデイの保健士さんが、ホームを訪ねた折、母は、彼女の事がわかって、とても懐かしそうにしたそうだ。 それが、とても嬉しかったと彼女は言っていた。 母は、誰かは認識できない。でも、心地よい関係だった事と顔は、覚えていたのだろう。
今日、お会いした方も、目が見えにくくなって判別が付かないと言うお義母様が、声で、判別出来ていたようで「あー来てくれたのね」と喜ばれたと言われていた。息子であるご主人の事は、判別できなかったそうだ。
心と記憶は連動しているかのようだ。
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