母のタイムスリップ日記
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2002年11月22日(金) いい 夫婦の日。

 そうなんです。今日は、そんな日なのです。
私の朝は、TBSラジオで始りますが、スタンバイ。ゆうゆうワイド。では、夫婦の話題が多かった。
「えっ?」と思っていたのですが、そういう日だったと夜になって気が付きました。

スタンバイでは、視聴者が。
レストランでのカップルの見分け方は。
男の人が、よくしゃべるカップルは夫婦でない。
と言うのが有りました。

これには、メーンパーソナリティーの森本氏がケタケタと笑って納得してました。私も、そうだろうなあ。と思いました。

若い時は、喧嘩もするけど、年を重ねた夫婦は、許容範囲が広くなり、けんかも少なくなるとも。
私もひとり、頷いてました。
喧嘩の出来る夫婦ってやはり、愛情があり それが裏返っているのではないかなあ・・・。と最近感じていたからです。期待もすれば、腹も立つことでしょう。

悠々ワイドでは、「綾小路 君麻呂」(?)文字が不確かです。
漫談の人ですが。
この人が、中高年の夫婦の情景を漫談にしていて、聴いていて思わず吹き出し
大笑いをしてしまいました。
「これを、聴きに行かないではいられない。」と思いました。
おそらく、喧嘩好きの夫婦でも、どちらかが聴けば なんとか治まる喧嘩も
有るのではないかと思うほど真実を突いていました。

実は、私は結婚前は、FMファンでした。
夫から、TBS.「聞け聴け」と言われ続けて、仕方なく聴きだしました。
気持ちは、今でもFM好きなのです。でも、現実は 夫婦の為の妥協です。
いや、TBSもこうやって楽しみながら聴いてはいるのですよ。
こういう事は、奥様でないと判らないかもしれません。

そんな事を考えていて私の親たちの夫婦の情景を思い起こしてました。
タイムスリップ前の両親は、見ていて「かかあ天下」 お母さんごめんね。
でも、最後の切り札は、父親だった。
でも、両親が結婚する時に 母は「私には帰る家がありません。どうぞ宜しくお願いします。」と言ったそうだ。母は、一人っ子で、其の時には、両親も
他界していたそうだ。
幸いな事に、父は、穏やかな人で滅多に怒らない。母が入退院を繰り返してもただただ、子供の世話を続けた。勿論 仕事しながら。
食事は勿論。アイロンがけだって。幼稚園通いの子供の服にいつも、
きちんとアイロンがかかっていて、周囲が驚いたというのだから。
父は、お茶も自分で淹れた。家族の分も淹れてくれた。
我が家では、当たり前の風景なのだが、訪問客には変だったのだろう。
「奥さん、お茶はご主人じゃない方が良いのでは・・・。」と父の友人に言われたそうだ。
母も素直で、「そうだ」と心底思ったらしい。でも、「お茶は、お父さんのがおいしいのよねえ」とここは、本音を覘かせた。

確かに、強い母ではあったが 父を本当に頼っていた。
だから、父は幸せだったと思う。
でも、子供の目から見たらの話ではある。
喧嘩はなかった。

父が病み、母の痴呆が始ったあたりより、たまに小さな喧嘩があった。
でも、これくらいは、長い間の事で、仕方の無い事だろうと思っている。

で、私たち夫婦は、というと 年を重ねた夫婦宜しく許容範囲を広げている。
形は、亭主関白。(夫から見たら、違うかもしれないが・・・。)
そして、夫の方が情熱があるのだろう。喧嘩を売ってくる。(真実は?)
私は、黙って聞き流す。流石に、聞き流しは上手くなりました。
いえ、大切な事は聞き流しませんよ。(うふふ)

なんだか、下らない事で長くなってしまったなあ。

森本氏は、言っていた。女性は大体「自分は悪くない」と思っている事が
多いよね。と。

そうかもしれない。でも 人に依っていろいろと思うけれど。
なんだか、夫がくしゃみしてるみたい。もう、止めようっと。
私達はいい夫婦なのだろうか?








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