母のタイムスリップ日記
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| 2002年12月25日(水) |
アー 本当にごめんなさい。 |
昨日は施設側への疑問が先行してしまった。 それで、補足から。 クリスマス会を準備していただいた事は感謝している。 こういう時がないと、他の家族の方とお会いできる事も無い訳で。 また、入居者の方々が一同に会して解らないながらも楽しい時を過ごせる事 は、瞬間の事ではあっても、程よい心地よさを味わえる訳で。 現に、会が解散した後に皆さんの不穏さは、微塵も無かった。 職員の方が 通常勤務を為さりながら、会の準備を進められた事、 また、入居者と共に準備の買い物を成された事、一人一人に配られたプレゼントも顧慮の後が見られた事等 頭が下がる思いがした。 入居者が開会、閉会の挨拶を為さった事も配慮されたものであった。 また、口紅をつけて戴いた方もいた。 寝たきりの方もいらっしゃるが、其の方も参加できた。 入居者の会場への移動も30分もかかったと言う。 そんな目に見えない準備などに対しても深く感謝しているのである。 と補足をさせて頂く。
さて、続きの話。
我が家での食事の済んだ後、母の腹痛が始った。 トイレ誘導で、ガスが抜け腹痛も治まりかけたがまだ、少し痛むようだった。 と同時に足の痛みも出てきて、俯き加減の母だった。 「どうしようかな?」とひとり心配したが、酷く痛い訳でもなさそうなので 教会へと向かった。 教会までは、タクシーに乗るには近すぎ歩くには少し距離がある微妙な距離。 家族も帰宅していないので、ゆっくりと歩いた。 「教会に行くよ」と言ったので母も了解していたのだが、腹痛と足の痛みで 母の頭は「通院モード」に切り替わってしまった。 「こんな朝早くから開いている病院があるんだねえ」と言った具合だ。 教会の門をくぐっても、其のモードは変わらなかった。 「良くいらっしゃいましたね」と声を掛けてくださっても、 「足の痛いのが治るかしら?」「??」の連続。 それでも、教会の方、牧師夫人は、丁寧に対応してくださった。 聖歌隊のお揃いの服が気になり、「この病院は、なぜ あんな服を着ているのか?」とも聞いてきた。 それでも、礼拝が始ると母の頭もゆっくりと礼拝モードに切り替わっていった。 聖歌隊の方の歌声に自分の声を重ねていた。 小さな声だったので注意もしないで置いた。 説教などは、聴こえなかったようであるが、プログラムなどの印刷物で補っていたようだった。 心配したが、キャンドルサービスまで漕ぎ着け礼拝終了まで無事席を離れることなくすごせた。 礼拝後茶話会があるのだが、そこは遠慮して教会を後にした。
でも、帰路の足に困った。 タクシーは頻繁に通過するのだが一向に止まってくれない。 母の足の痛みは増すばかりだ。 「負んぶしようか?」と言ってみたが「大丈夫」と言う。大分たって、やっと一台のタクシーが止まってくれた。 運転手さんの「大変ですね」の声に癒された。 こんな夜更けに年寄りを連れて歩く自分も良くないし、此方の事情なんて他人には関係ないのだから、仕方が無い。
施設に着いて、居室へ。 トイレ誘導後、着替えた。その後、自然に布団に入った。 施設では、翌日の着替えを枕元に置き灯りを消して居室を出た。
職員に挨拶をして、施設を後にした。
家に戻ると夫が帰宅していた。 冷めたチキンを食べていた。 サラダ等他にもあったが出さないでいた。 こんな風に母に力を向けるとおのずと家族は後回しとなる。 こうならないように、準備を進めてきたのにやっぱりこうなってしまった。 ひたすら、反省のみ。
気を取り直して「ケーキ」でお茶した。
あの、具合の悪い娘が珍しく終電で帰宅。 でも、私は、眠くて眠くて・・・。 とうとう、起きてやれなかった。 またもや、反省。
あー本当に・・・。 ごめんなさい。
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