母のタイムスリップ日記
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2003年01月01日(水) ♪とぉーしの はぁーじめのぉ・・・♪

 ♪一月一日♪
母は、この歌が好きだ。
そして、今日は正真正銘の一月一日だから いっぱい歌ってもらった。
母は、昨晩 ぐっすりと眠った。
私が眠る時(午前2時)にトイレに誘導してそれから、朝まで。
トイレに起こした時「ここは、どこだぁ。なんだか違うなぁ。」と寝ぼけ眼で話していた。きちんと記憶は無いのだろうが瞬間に感じる力は正確なのだろうと思う。
トイレの後は、また直ぐ ぐっすりと眠った。

今日は来客が、8時半には来る予定だと言うので、早朝 母の部屋を覗いた。
「おかちゃん」と小さな声で泣いていた。
「どうしたの?」と聞くと「お腹が痛い」と言った。
少し前に目覚めたのだろう枕元の飴が一つ消えていた。ティッシュが二枚ほど丸めてあった。トイレに誘導。オムツを替えた。少し濡れていた。きっと、これが、哀しい原因だったのだろうと思う。エアコンのスイッチをいれ、電気毛布のスイッチも入れた。
暫くするとまた眠った。
その間に、食事の支度。
お正月なので、お餅を焼きお雑煮を作り、後はおせちを出すだけなので楽チンだった。

みんなで囲む、元旦の朝食。やっぱり、賑やか。
そういえば、今朝 初笑い。
「今日は、一月一日よ」と私が声を掛けると。
母は、「おーめでたいね。私の頭もめでたくてね」ぷっと吹き出した。
ついでに、「そうそう、娘の私は隔世遺伝で更にめでたく、二人そろって、
めでたし親子だね」と言って二人で大笑いをしたのだ。
そして、まず「とぉーしの はぁ−じめのぉ・・・」を歌った。

昼前に、母に着物を着せた。
「あなたが着なさい」と始めは渋っていたが・・・。
「ちょっと、モデルになってよ」と説得。何とか着せる事ができた。
母も袖を通し始めると手がさっさと動き出した。やはり、身についた動作なのだろう。
支度が出来たので、デジカメで撮影。
其れを、母の年賀にした。先日、書いた物はキャンセルにした。

母は、自分から出す事をしないと一応お断りのお便りは一昨年のお正月に書いて知らせてある。
それでも、お正月だけはと賀状を下さる方が居られて、嬉しい限りである。
昨年まで、二人の息子家族から賀状が来ていたが 今年は音沙汰なし。
家には来ていたので、投函が遅れていう事ではないと思う。
おそらく、施設にいるだろうと思っての事だろう。
でも、施設の住所だって先日わからなかったし、施設にもお便りは届いてなかった。
形式にこだわっても良い事はないが、それでも「親子って?」と思った。痴呆症だと用は無いみたい。

今日は、とても眠い。
だから、続きは明日。





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