母のタイムスリップ日記
DiaryINDEX|past|will
ちょっとした用があり、5年前の手書き日記をひっぱり出し読んで見た。 その頃は、痴呆の中度のはじめ位の時期だろう。 母は、毎日 自分の記憶を手繰り寄せようとしていた。
「あなたは、わたしの娘?」から始まり 今日 何処に行ったか迄。 思い出せない事もありで困惑したり、全く記憶に無い事もあった。 そして、「何も解らないのです。哀しいです。」と泣いた。 「大丈夫、傍にいるから」と言うと「有難う」と言った。 そして 直ぐ「私は、随分長い間あなたの所にいます。ごめんなさい。お世話になるばかりで何もお返しできません」と言って更に泣いた。 「毎日、いろいろ手伝って貰って此方が助かってます。」と言うと 「いえ、何のお役にも立たず、迷惑をかけるだけです」 「でも、私には帰る家がもうありません。何とか仕事したいのです。 何処かで私を雇ってくれる所は無いでしょうか?」と聞いてきた。
あの頃は、ある程度理解できたので「何故ここにいるか」「生活資金の事」等きちんと説明すれば少し思い出せていた。 だから、「じゃ、あなたに全てお任せします」と言って安心できた。
今は、現在の生活すらわからないだろう。 自分の生活の拠点がGHであるという認識は感覚で出来ても言葉では表せない。 おそらく、「学校の宿泊施設」くらいの認識だろうと思う。 だから、我が家に連れて来ても、自分が何処からここに来たかは判らないと思う。ただ、「誰かの家」とわかり「家はいいねえ」と言う。 そして、生活資金がどうなっているかさえも気にする事はなくなってきていると思う。
痴呆は、緩やかではあるが確実に進行しているのだ。
それでも「忘れてしまう自分」は意識する。 「私は、すっかり馬鹿になってしまって覚えてないのです」と言うのだ。 哀しみは以前ほど あるようには見えないのが救いと言えば救いなのだ。 じゃ、傷つく事は無いのか?其れは、ある。 やはり、下着等汚れたり、自尊心を傷付けられるとかなり落ち込む。 恐らく、これは生涯なくなる事は無いと感じている。 息子の存在も言えば思い出す程度で触れなければ自分から口にする事も無い。 それも、救いである。
痴呆を侮ってはいけない。 記憶は消えても、感情だけは残っているのだから。 やはり、人としての尊厳だけは保ってあげたい。
|