母のタイムスリップ日記
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2003年01月07日(火) 車椅子の人も・・・。


冬の衣類は、ウールが多い。
ショートステイの時のパンフに「ウールは避けてください」と言うのがあったので、GHでも気をつけてはいるのだが、やはり、寒いと思うし今まで着用していた物が多いのでウールの物がある。
ところが、これを洗濯機で洗う物だからクチャクチャとなる。
流石に、其れを其の儘と言う訳にも行かないので一昨日持ち帰った。
其れを、午前中 アイロンがけ。
セーターなら、洗うことにも気配りが有るだろうけど パンツやブラウスの
ウールは気が付かない無いみたいだ。
ちょっぴり縮んだ物を引っ張りながらアイロンをかける。
何とか元に戻った。
在宅の頃は、クリーニングに出したが・・・。
いちいち持って帰るのもかさ張るし。
何か良い方法がないかな?
GHの傍にクリーニング屋さんは無いんだなあ。
暫くは、持ち帰るしかないなあ。

早昼にして、母のところに行くと泣いていた。
「泣いた?」と聞くと「泣かない!」と目頭を拭いていた。
帰りたい病みたいだった。
外に連れ出して気分転換をしようと思ったが母に出る気が全く無い。
仕方が無いので、ボーリングセットを出してホールに出た。
ホールではI氏はソファーでウトウト。Fさんを誘った。
Fさんは、腰を下ろしてボールを投げた。コロコロと転がってピンは倒れた。
Fさん「にこっ」何回もFさんはボールを転がした。
「皆倒れるまでね」と熱心だった。
このボーリングは手動である。ボールを拾いFさんに返しピンをならべる。
これの繰り返しの私。
母は、傍で「がんばれ」「うまい」と声援をかけていた。
 暫くして母に代わってもらった。
母は、負けず嫌いなので剥きになり挑戦。
車椅子のF氏も「知ってるよそれ」と言葉明瞭。もう一人の車椅子のO氏も指差した。
二人も興味を示したので仲間に入ってもらった。
F氏は、左手で転がすように投げた。どうしても片方によるので私がちょっとカバーしたらF氏の機嫌が悪くなった。手加減が嫌のようだった。
何回か投げるうちにタイミングが合いピンに当たるようになった。すると、F氏は機嫌も直った。良かった。やはり、いい加減はいけなかった。
O氏も片方に寄るので、ピン全体を移動。
バウンドさせたボールは見事ピンに当たった。拍手ものである。
O氏も満足げだった。
それから、順番に続けたが、入所者の意欲とは逆に私が疲れ始めた。
「ちょっと休憩」と母の居室に入り一休み。
時計を見ると3時。持参したおやつをははに食べてもらっているとホームのおやつも届いた。それらを食べ終えた母は、落ち着きを取り戻していた。
「散歩いく?」「いきたいな」
コートを着込んで外出。
ちょっと、一回りして戻った。
不穏な空気はすっかり消えて歌集を広げ歌い始めていた。落ち着きを確認してから、そっと部屋を出た。
暗くなる前に家に向かった。

今日はやけに眠いとおもったら、ちょい早起きして「七草かゆ」を炊いたのだった。 


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