母のタイムスリップ日記
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2003年01月23日(木) ある人の悩み。


痴呆の入り口にある人を介護する時に困る事。
それは、痴呆と診断されると駄目な所だけに目が奪われてしまう事かもしれない。

特に、家事を担ってきた主婦の場合、煮炊きの失敗をすると「ほら、またやった」と責めてしまいがちだ。

私にも覚えがある。
「どうせできない」と家事から離れて貰った。
直接「出来ないから」とは流石に言えず「いいよ、私がするから。ゆっくり休んで好きな事していて」と言ったのだった。
でも、この事は母に自身を失わせた。また、何の役にも立てない事での落ち込みも加速した。
「邪魔ばかりして。」「お世話になってばかりで。」「申し訳ないから帰ります」そんな言葉が繰り返された。

痴呆=何も出来ない訳ではない。
まして、痴呆の入り口にある人はプライドもかなり高い。そして、その裏側で自分がおかしくなってきている事を何となく感じているのだ。
普段の生活は充分出来るのだ。
だから、一緒に仕事をこなす事が大切なのだ。

簡単そうでいて、これが実に大変。
でも、ここで踏ん張っていると其れからの信頼関係はうまく保たれると思う。
介護する方が学習できる貴重な時期であると思う。

相手がミスしたら それを責めずに「ごめん。私がうっかりしてしまった」と謝るのである。すると、「いやこっちが悪かった」という事になることが多いように思う。
意欲をもって生活できれば痴呆の進行も緩やかだと思う。

また、褒めちぎる事も大切だ。
ちょっとうまく出来たら「凄い。私にはできない」と。
本音でそう思わなくとも繰り返し繰り返し褒めていくと不思議に気にならなくなってくる。その上、本人も気分が良くなる。

でも、あまりに見え見えに褒めると「馬鹿にしてる」と思われる時もあるので程ほどに。

私が拗れかけた母との関係修復のために頼んだ仕事は「靴磨き」だった。
「悪いね。ちょっと磨いてもらえる?ごめんね。汚い仕事で。嫌だったらいつでも言ってね」と母に恐る恐る頼んだのだった。
母は、快く引き受けてくれた。そして丁寧に磨いてくれた。
そこで、「あー。さすが。私のような雑な磨き方じゃないね。すごい」と。
そして、家族を呼びみんなに褒めてもらった。

母は、謙遜しながら心地よさそうだった。

それから、少しずつ仕事を依頼するようになった。
母は、そんな私の心を見透かす時があった。

「あんたは褒め上手ね。こんな私を傷つけまいと褒めてくれるんだね。有難う」
こんな風に「どきっ」とする事も起きるが、「いや、ほんとの事よ。やっぱ、凄いね。流石年の功」と乗り切った。

そんな話を、悩める人に言ってみた。
「あっそうだね。責めるばかり、説教ばかりとそういえば言われてるわ」
と言ってくれた。

直ぐにうまく行く事はないかもしれない。
仕事を次々準備して行くのは結構きつい。
でも、共に暮らしていくのだから助け合っていく事から始めないと。
今まで、普通に暮らしてきたのだから、出来る事はいっぱいあると思うので
す。

病が進行してくると、共同作業も困難になってくる。
でも、いつも言うけど「動ける事」を探し続けて動いてもらう。其れが生活の質を保つコツのような気がしている。




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