母のタイムスリップ日記
DiaryINDEX|past|will
土曜の朝日の朝刊に「カルテの余白」と言うコラムがある。 今日は、担当医師の最終回だった。 行動科学の方法論によると、人の内面には3つの自我があるという。 「親のような優位な立場から相手に接する自我」 「理性で接する大人の自我」 「感情的で我儘に接しようとする自我」 この3つの自我が相手のどの自我に接するかに拠っていろんな接し方が生まれる。 という事が書いてあり、医師と看護士対患者の関係について触れていた。
これは、痴呆の家族を抱えている人なら「ピン」と来ると思う。 介護に当たる者は、その役割がクルクル変わる。 病の者だって、時に親、時に親戚 時に他人。と写るのだから。
だから、関係を保つにもかなり複雑になってくるのだろう。 関係だけなら、まだしも、時間の共有だって違うのである。 やっぱり、介護に当たるという事は大変な事だと改めて思った。
若し、介護する側が、相手に折れないで正しい今を求め続けたら…。 混乱が起きるだろうな。 正しい状態でいて欲しいけれど、伝達経路が切れてしまっているのだろうから な。 でも、違う経路で繋がる事もあると聞いたことがある。 おそらく、これが日常のリハに依って繋がるのだろうなと素人考えをした。
昨日、なんだか久しぶりにホールにいる職員が多いなと感じた。 3人はいたかな? ゆっくりと入居者に声を掛けていた。一人は除くが。 それだけで、入居者の表情が変わる。 いつも、これくらいの人が居てくれたらなぁと思った。
もう一つ。 其れは、職員の人が勤務に入る前に立って食事をしている事。 以前から気になっていたが、休息室の確保はできないのだろうか? 事務室?職員控え室?で食事は休息の意味を持たない。 勤務、休息ときっちり分けて仕事が出来る環境を整える事が出来ないのだろうか?食事を立って取るなんて、気の毒で仕方がない。 入居者が良いサービスを受けるには、職員の職場の環境も重要だと思うのだ。
そこに、経営者の人に対しての姿勢が見えてきたりもするのだが…。
|