母のタイムスリップ日記
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2003年02月03日(月) 一人で豆まき、太巻き食べて。


 今日は、節分。
昨年までは、家人の帰宅が遅くとも母がいたので二人で豆まきをした。
母に「鬼になって」と頼むと嫌がった。で、私が鬼だった。全部の部屋に豆をまいた。(トイレも浴室も)
特に、娘の部屋に豆をたくさんまいて、嫌がられた。(笑)
豆は、端数分だけ食べた。母の年いや私だって年の分だけなんてとても食べられない。鰯も焼いた。夕食に、大根おろしで食べ、頭を残して門前に置いた。
そして、近年は、太巻きも作るようになった。
母は流石に切ってあげないと難しかった。

私の幼かった頃、家族みんなで豆まきをした。
大きな声で「福は内、鬼は外」と。
ご近所からも同じように聞こえた。
あのころ、たくさんの鬼が外に出されてしまうのだなと思った。
少しずつ大人になると具体的な鬼でないと判ってきた。

結婚してからも豆まきは続けた。
でも、団地での豆まきはちょっと小さな声だった。
ご近所からも聞こえなかった。

ここに来ても、やはり豆をまく時の「福は内」は聞こえない。
みんな、しないのかな?

先日、施設でも豆まきをすると言っていた。
きっと、母もしたのだろうな。

私は、豆を煎り、一人でそっと「福は内。鬼は外」と豆をまいた。
鬼役はいない。見えない鬼にまいた。
具体的に見えないのも寂しいので、自分に向かってまいた。
ちょっとはいい事あるかな?
鰯を焼き、頭を残して柊に刺して、門前に。
そして、具が芯より少し外れた太巻きを北西の方を向いて丸かじり。
やはり、誰かいないと豆まきはつまらないな。

幼い頃、豆は拾って食べるなと言われた。
熱い豆で鬼を追う。と聞いた。
残った豆は、味噌豆にしていたなぁ。
硬くてかむのが大変だったな。
あの頃は、太巻きなんて食べなかった。
今朝のラジオで「太巻きはここ20年、大阪で火がついた」と言っていた。
昔からあったようだが今ほどはしてなかったようだ。
太巻きは、作るのがちょっと苦手の私。でも、今年も作ってみた。

夫も娘も豆まきは出来ないだろうけど、鰯と太巻きは食べてもらおう。




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